しくじり 先生 メガ ドライブ。 しくじり先生の次回ドリームキャストのしくじりを予想する

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ガズレーザーが『メガドライブ』の失敗を徹底解説! しくじり先生、ご覧になってくださった皆様ありがとうございました。 当時の愛機をバカにされて憤慨されたメガドライバーの皆様、申し訳ございません。 当時の貴重なお話を聞かせてくださったセガの宮崎さんとの一枚。 — カズレーザー kazlasersub 特別授業となったこの日のテーマは、1988年にセガが発売した家庭用ゲーム機「メガドライブ」。 1980年代、セガは日本のみならず、アメリカにもオフィスがあり、ライバルの任天堂に対して「人気じゃ負けるけど技術じゃ絶対に負けない。 他の会社が作っているのは『おもちゃ』俺たちが作っているのは『マシン』」と技術に絶対的な自信があったとのこと。 そうした中、任天堂が「スーパーファミコン(1990年)」を発売するという情報をキャッチしたセガはそれに対抗するために先に「メガドライブ」を発売することを決断。 「メガドライブ」は「スーパーファミコン」よりも先に発売させることに成功しましたが、ゲーム機にこだわった結果、発売時に「ゲームソフトが4本しかない」という"しくじり"を犯してしまいます。 セガの宮崎浩幸さんは「やっぱりソフトがないとゲーム機は売れないんだなぁ」と当時を回顧。 そこで、セガが開発に2年かけて1991年に発売したのが「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」。 「ソニック」の発売効果で「メガドライブ」はアメリカで爆発的なヒットを記録して2000万台以上売り上げました。 この時、セガの社員たちは「俺たちの技術は世界一だという気持ちになった」とのこと。 技術力だけではなぜ駄目なのか? しかし、日本国内に目を向ける任天堂に負けていたセガは、日本でも「メガドライブ」をヒットさせるために「強化パーツでメガドライブをパワーアップ」させることを決断。 宮崎さんによると、この付属パーツを追加して「メガドライブ」をパワーアップする作戦には、当時、セガの社内でも「新しいゲーム機を発売した方が良いのでは?」という意見が出ていたとのこと。 新しいゲーム機を発売する案を却下し、登場したのがカードリッジ主流の時代にいち早くCDの将来性に着目した「メガCD(1991年)」を発売。 ただし、「メガCD」はコンビニの最低時給が570円〜という時代に販売価格は49800円とかなり高額。 そうしたこともあって、カズレーザーさんは「技術を見せつけることばかり考えてお茶の間のことを考えていなかった」とコメント。 カズレーザーが語る「メガドライブ」の"しくじり"とは? 番組を見て興味を持ってくれた方が、一人でもいいので実際にメガドライブに触れてくれたら、アタシも番組スタッフも、そしてセガの皆様も報われます。 — カズレーザー kazlasersub さらに、ソニーが1994年に「プレイステーション」を発売すると、セガは技術を結集して同じ日に「スーパー32X」を発売。 ちなみに、「スーパー32X」を「メガドライブ」に接続して使用すると、16bitだった「メガドライブ」が32bitの「プレステ」と同等の性能にパワーアップさせることが出来ます。 ただし、「メガドライブ」周辺機器を次々に装着して「メガドラタワー」完成させるためには15万8700円の費用が必要。 また、セガの別チームが「セガサターン」を発売していたこともあって「スーパー32X」は売れなかったとのこと。 最後、カズレーザーさんは「メガドライブ」から学ぶ教訓を「10年先のことが見えても明日のことが見えなければ意味がない」とまとめました。 "SEGA愛"溢れるカズレーザーに反響 ネットでは、放送を見た人から「メガドラを熱く、愛をもって語るカズレーザーが最高でした」「カズレーザーさんのSEGA愛が溢れてる」「カズレーザー先生のメガドラ愛が炸裂しっ放し」などのコメントが上がっています。 「メガドライブ」がヒットした時点で次のハードのために投資する手もあったのかもしれませんが、あえて周辺機器を次々と装着するという発想に至った歴史は興味深く感じた人も多いのではないでしょうか。 また、カズレーザーさんが「メガドライブ」に触れて欲しいとコメントするなど、言葉一つ一つから「メガドライブ」への愛が溢れていましたね。 番組では、セガから発売されたゲーム機の「ドリームキャスト」について取り上げる企画も放送されるとのことなので今から楽しみですね。 AbemaTVでは地上波未公開含む1時間完全版を配信中なので、ぜひご覧ください。 (文:かんだがわのぞみ).

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その前にスーパー32X その前に、スーパー32Xが twitter でトレンド入りしていたようなのでスーパー32Xの話を。 私はスーパー32Xは持っていませんでした。 心情的には買う一歩手前のところまでは行っていたのですけどね。 当時の私は中学生だったので当然お金もなく、セガサターンは高すぎて買えるわけないと最初から諦めモード。 しかしスーパー32Xは値段も安いし、接続先のメガドライブも既に持っている。 しかもセガサターンと同じ32bitCPUを搭載していて、セガサターンのカートリッジタイトル 当時はカートリッジスロットのゲームも出ると思っていた と同じゲームが遊べるものと勝手に思っていました。 そんなわけでスーパー32Xを買おうかどうか、本気で迷っていたのです。 ところが結局のところ、そのスーパー32Xを買うお金もないし、さらにはスーパー32Xを使うにはメガCDが必要と勘違いをしていたので手を出さずに済みました 笑 そして年が明けて翌年高校に入学し、 紆余曲折あり セガサターンを買ったのでした。 ここから本題のドリームキャストのしくじりです。 しくじってないところもいっぱいあるよ しくじりということでイケてなかったところを挙げたわけですけどいいところもいっぱいありましたよ。 セガサターンでの失敗を教訓に海外ではスポーツゲームを充実させました。 バーチャルコンソールやPSアーカイブスのようなサービスはドリームキャストのドリームパスポートが先駆けでしたし、 クラブニンテンドーのような、ソフトに封入されたポイントでグッズを貰えるサービスもドリームキャストが最初にやっていました。 マイクコントローラーや釣りコントローラー、マラカスコントローラーなど色々な体感機器もでました。 シェンムーだって現在の3Dゲームの礎を築いたと言っても過言ではないソフトです。 その名の通り夢のある意欲的なマシンでした。 ということでしくじり先生のドリームキャスト編も楽しみですね。

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「セガ」製品情報サイトより 12月16日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!! 』(テレビ朝日系)では、メイプル超合金のカズレーザーが講師として授業を担当。 「メガドライブ」についてのしくじりエピソードを熱弁し、ゲーマーの間で話題になっている。 「メガドライブ」とは1988年に発売されたセガのゲームハード。 当時としては画期的だった16ビットのCPUが搭載されており人々を驚かせた。 「メガドライブ」の最初のしくじりは、発売当初のソフトラインナップ。 88年の10月末にハードが発売されたのだが、ソフトの方は年末までに4本しかリリースできなかった。 「スーパーファミコン」は『スーパーマリオワールド』と共に大ヒット。 一方で「メガドライブ」は負けハードとなってしまい、セガは「ソフトが魅力的じゃないとゲーム機は売れない」ことに気づいたそうだ。 そこで2年の歳月をかけて開発されたのが、1991年発売の『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』。 同作はアメリカで爆発的にヒットし、「メガドライブ」を人気ハードに押し上げた。 しかし国内の売り上げで任天堂に負けていたセガは、支持を獲得しようとして迷走。 たとえば「メガCD」は、CD-ROMのソフトで遊べるようになる周辺機器。 カードリッジが主流だった時代で、いち早くCDに対応した。 その他自宅でカラオケができる「メガCDカラオケ」など、多くの付属品を発売。 夢の32ビット機「PlayStation」が発売された時も、「スーパー32X」という付属品で勝負に出たという。 その結果「メガドライブ」はタワーのような大きさになってしまい、フルカスタマイズの値段は約16万円。 ちなみにカズレーザーが取材したベテラン社員は、「スーパー32X」について「口に出せないほど売れなかった」とこぼしていた。 ちなみにカズレーザーは番組の最後で、「ドリームキャスト」についての講義を告知。

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