西山 みか 看護 師。 看護部の採用情報 | 西山病院

西山美香の出身地や生い立ちは?裁判は冤罪?【仰天ニュース】

西山 みか 看護 師

この記事の目次• — JapanDocs jdocs 事件は2003年5月に起きます。 滋賀県東近江市にある湖東記念病院で入院患者であった72歳の男性が心肺停止の状態で発見され、亡くなることに。 患者は植物状態で人工呼吸器を着けていたが、最初に発見した看護師は「 人工呼吸器のチューブが外れていた」と証言。 チューブは外れるとアラームが鳴る仕組みでした。 警察は、この日当直だった 第一発見者の看護師や、看護助手の美香さんを 業務上過失致死の疑いで事情聴取を進めることに。 当初、2人は容疑を否定されていました。 しかし、 2004年7月に美香さんが「 病院に恨みがり、患者の人工呼吸器のチューブを抜いた」と供述し殺人容疑で逮捕・起訴されることに。 なぜ、西山美香さんは供述を一変させたのか。 そこにはある理由がありました。 滋賀県警の山本刑事が西山美香さんの恋心を利用して自白を強要させる 美香さんはなぜやってもない罪を自白したのか。 そこにある複数の理由がありました。 西山美香さんが自白してしまった理由• 取り調べを担当した刑事への恐怖心• 刑事に恋心を抱いてしまったこと• 美香さんが軽度の知的障害・発達障害を持っていた• 同僚を庇うために 1. 取り調べを担当した刑事へに恐怖心 美香さんの取り調べを担当していたのは 滋賀県愛知川 えちがわ 署の山本誠刑事。 山本誠刑事は「 チューブは外れていてがアラームは鳴っていたはずだ」と、看護師や美香さんらに、強引な取調べを重ねていた。 美香さんは真実を話せば信じてくれると思い取り調べに応じるも、取調室で山本誠刑事から男性患者の遺影を示され、厳しく叱責されたという。 美香さんが服役中に書いた手紙には なっていいひん(いない)もん(を)なったとは言えんと抵抗しましたが(刑事が)机をバンとしたりイスをけるマネをしたり…… と書かれており山本誠刑事に対して恐怖心を抱いていたことが伺える。 その後、「 否認しても無理やと思って、刑事のいうことを聞いておかないと、痛い目に合うからと思って自白した」と述べていることからも。 その後、美香さんは容疑を否認していたが、2004年5月に「 アラームは鳴っていた」と供述を変えることに。 刑事に恋心を抱いてしまったこと 供述を変えると山本誠刑事の態度がそれまでとは打って変わったようです。 急に優しくなり、プライベートのことも話すようになる。 さらに、 山本誠刑事は美香さんが優秀な兄弟にコンプレックスを持っていたことを知り、言葉巧みに美香さんの気を引いて意に沿う供述を引き出そうとしていた。 山本誠刑事は滋賀県本部から派遣されたばかりの若手刑事。 若手刑事と密室空間で同じ時間を共有していうたこともあり、次第に 美香さんは山本誠刑事に恋心を抱くようになったのです。 実際、美香さんは「 取り調べの男性刑事が好きになり、気を引こうと思って自分が殺したと言った」と嘘の供述をしています。 美香さんが軽度の知的障害・発達障害を持っていた 美香さんは 軽度の知的障害・発達障害を持っていました。 そのため、供述心理学者の鑑定で人に迎合しやすい傾向があるとされた美香さんは、山本誠刑事に優しくされたことで舞い上がり、好意を寄せてしまったのではないかと。 同僚をかばうために また、供述を変えたことで同僚の看護師の取り調べが厳しくなったことを聞き、自らを責めてしまうことも。 その後の警察の捜査で、 アラーム音を聞いた人がいないことや人工呼吸器にアラームを消すボタンがあることが判明。 すると今度は「 アラームは鳴っていない。 自分が音を消すボタンを押し続けた」と美香さんは再び供述を変えている。 このように、逮捕されるまで供述は何度も変わっていた。 そして「 病院の待遇に不満を持った美香さんが、病院を困らせてやろうと、入院患者の人工呼吸器のチューブを外した」というストーリーが出来上がってしまう。 美香さんは「 私が刑事を信用してしまったのもあかんし、好意を持ったこともあかん。 それでみんなに辛い思いさしてしまって、ごめん」と述べている。 西山美香さんは12年間服役!その後再審が認められる 逮捕から2ヶ月後の2004年9月に初公判が行われます。 美香さんは一転して容疑を否認します。 「 山本誠刑事に好意を持ち、気に入られようとウソの自白をした」と無罪を主張。 しかし、 2005年11月に大津地裁は懲役12年の判決を下します。 控訴するも、 2006年10月に大阪高裁は棄却。 最高裁への上告をするも「捜査段階の自白は自発的で信用できる」として、 2007年9月に最高裁は上告を棄却。 懲役12年が確定することに。 このころ美香さんは、「 やってないのに、なんで刑務所におらんとアカンのや!」と、ホチキスの針を飲んで自殺を図ったり、頭を刑務所の壁に打ち付けたりして自暴自棄になることもあったそうです。 その後、両親のにより信頼できる弁護士に協力を得ることに。 そして、 2010年9月に裁判のやり直しを求める再審請求を行うも、 2011年3月に大津地裁は第1次再審請求棄却。 同年5月には大阪高裁が即時抗告棄却し、 8月には最高裁特別抗告棄却されることに。 それでも両親は再審のために弁護士を探し続け、協力を得ることが出来た弁護団長を務める元裁判官の井戸謙一さんにより事態は大きく一変。 再審の弁護団長・井戸謙一弁護士に、供述弱者、愛着障害についてお話を伺いました。 地裁は解剖時の血液データなどから、不整脈で自然死した可能性を認めた。 自白の目まぐるしい変遷も問題視し、「警察官、検察官の誘導があり、迎合して供述した可能性がある」と指摘。 西山さんが犯人であると認めるには「合理的な疑いが残る」と結論づけた。 自白の矛盾点• 急性低酸素状態による心停止で必ず現れる症状が解剖所見にみられない• 呼吸を停止した人は3分では死に至らない• 病院を困らせるために「事故」に装った犯行なら自ら「殺人」を供述する必要はなかった• 看護師詰所の隣室、しかも他の患者もいて、同僚看護師がナースコールなどいつのぞかれるか分からない部屋は犯行が目撃されやすく、犯行方法が不自然、不合理 引用: 滋賀県警が15年間も重要資料を提出していなかったことが判明 そして、再審開始が確定後に驚くべきことが判明します。 滋賀県警が殺害を否認する重要な捜査書類を15年間も検察に提出していなかったのです。 裁判所の決定を受け弁護側が検察に証拠の開示を求めたところ、 人工呼吸器を故意に外したことを否定する西山さんの手書きの自白調書が逮捕前につくられていたことがわかりました。 ほかにも 「男性患者はたんが詰まったことが原因で死亡した可能性がある」という医師の所見が記された捜査報告書も開示されました。 どちらの書類も滋賀県警は検察に提出していませんでした。 引用: また、西山美香さんの弁護を担当した井戸弁護士によると 平常時は、血中のカリウム濃度は3. 4~5. 1ミリモル/リットルあるのですが、亡くなった患者の死後の解剖記録によると、1. 滋賀県警は早い段階から上記にことを把握していたにもかかわらず、西山美香さんを逮捕し強引に自白させた。 しかも無実の可能性を示す証拠を、検察に提出していなかったわけです。 警察が資料を提出していれば、西山美香さんが冤罪逮捕されることは未然に防げていたのではないかと。 再審裁判の結果や西山美香さんの現在は 西山美香さん、再審無罪! — 弁護士 亀石倫子 MichikoKameishi 2020年3月31日、大津地裁は西山美香さんに無罪判決を言い渡します。 大西直樹裁判長は無罪判決について 事件発生から西山美香さんの無罪が認められるまで• 2003年5月:湖東記念病院で患者が亡くなる• 2004年5月:西山美香さんが取り調べで「アラームが鳴っていたのを聞いた」と供述• 2004年7月:西山美香さんが「自分が患者を殺した」という自白調書が作成される• 2004年7月:西山美香さんが逮捕・起訴• 2005年11月:大津地裁が西山美香さんに懲役12年の判決を下す• 2010年9月:再審請求• 2012年9月:大津地裁に2度目の再審請求• 2015年9月:大津地裁が再審請求を棄却• 2017年8月:西山美香さんの刑期が終わる• 2017年12月:大阪地裁が再審開始を決定• 2020年2月:大津地裁で再審公判• 2020年3月:無罪判決が確定 取り調べを担当した山本誠刑事の現在と滋賀県警の対応について 山本誠さんは、すっかり有名になりましたね。 ちなみに現在は、階級は警部で、長浜署の刑事課長を務めるまでに出世しています。 また、滋賀県警の滝澤依子本部長は再審判決を受け、会見で「 真摯に受け止め、今後の捜査に生かしたい。 一同その思いで取り組んでいきたい」と述べている。 ただ、 美香さんへの謝罪はなく再発防止策などについても答えてはいなかったようです。

次の

冤罪で20代を刑務所で失った女性、再審へ…警察、無実認識し有罪供述誘導か

西山 みか 看護 師

Contents• 業務上過失致死の疑いのはずがいつの間にか殺人罪になっていた。 出典:文春オンライン 出典:youtube 美香さんは 発達障害と軽い知的障害があると診断され、作業に集中するのが苦手だ。 例えばスポンジを販売用の袋に詰める作業では、スポンジに付いているちりを取り除き忘れることがしばしばあった。 出典:文春オンライン 報道によりますと、西山さんは 「私は20秒までしか数えられない。 自分からは(1分数えたと)言っていない」と訴えている。 西山さんは服役中 「軽度の知的障害と発達障害がある」「軽度の発達障害で相手に迎合しやすい」と医師から診断されいた事が新たにわかっています。 確定判決は、呼吸器外れを知らせるアラームの消音機能が切れる60秒を頭の中で数え、発覚を防いだと。 軽度の知的障害がある西山さんは、両手の指で30を数え、頭では数えられないことを示した。 「なぜこんな調書ができたのか分からない」と訴えています。 知的障害とは 「知的発達障害」ともいい、知能を中心とした発達の遅れが幼少期から見られることをいいます。 厚生労働省の定義では 「おおむね18歳までに知的機能の障害があらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの支援を必要とするもの」とされています。 スポンサーリンク 西山美香さん生い立ち 「(担当の)男性刑事ともっと長くいられるから、うれしい」 「逮捕の意味も分からなかった」 西山さんは16年前の逮捕時の気持ちを上記のように述べています。 出典:youtube 幼い頃から、成績優秀な2人の兄と比べられ、劣等感があった。 逮捕前から身の上話を聞いてくれ、「君も賢いよ」と言った刑事を好きになった。 留置場から取調室へ出してくれる「白馬の王子様」だと思った。 出典:京都新聞 出典:MBS ネット情報によりますと、 兄2人は難問大学へ合格して、無事に卒業できる程の秀才であった。 「2人の兄は勉強ができたのに自分はダメでコンプレックスがある」 その劣等感を抱えながら、西山さんは 高校卒業してから病院で看護助手として働き始めます。 殺人でもなければ過失事故でもない、真相は患者の自然死。 刑事に恋をし、女性看護助手が殺人罪に問われ、20代から12年もの間、獄中で過ごすことになった。 スポンサーリンク 西山美香さんの現在は? 出典:youtube 出所当時は「結婚もしたいし子どもも欲しい」と話していました。 しかし最近では、 「これから結婚しても私、育児なんてできないし、親も今は手伝ってもらえるような体じゃないし……」と話しています。 報道によりますと、 滋賀県彦根市のリサイクル工場で勤務。 さらに、西山さんは 「自分のような思いは二度とさせたくない」と、再審の無罪判決を待たずに、冤罪被害者の救援団体「日本国民救援会」による裁判所への要請行動に参加。 また、 大阪の支援団体「たんぽぽの会」の集会に出席し、体験談を語るなどの活動も行っている。 スポンサーリンク ネット反応まとめ 西山美香さんの人生奪った司法は酷いな。 過去の時間は戻らないけど未来は変えられると思う。 負けずに幸せに生きて欲しい。 — Hiroto hirotoxxx16n 人生には、 西山美香さんみたいな理不尽が起こることがある 他者が、自分の利のために、人を陥れることだ 再審で無罪判決が出た 西山美香さんは軽い知的障害があるそうで、インタビューを聞いてても、それを利用されたのだなと思う 自分のために人を陥れるヤツに言う ろくな死に方せんぞ😟 — 井部心暢[介護職 心理カウンセラー 双極性サバイバー] behoimi99 裁判のやり直し(再審)で来春無罪になることが確実な湖東記念病院事件。 事件から16年経ってもまだ未開示の証拠が出てくる。 検察は自分に不利な証拠(無罪を示す証拠)を隠す。 無実の人を有罪にした過ちを認めない。 殺人罪で12年服役した西山美香さんの時間は戻らない。 — 弁護士 亀石倫子 MichikoKameishi.

次の

軽度知的障害者でも、看護助手になれるってことですか?

西山 みか 看護 師

看護助手をしていた西山美香さん(38)が取調べ中に自白し逮捕された。 美香さんは拘置所に入ってから一転、犯行を否認。 獄中からの手紙で両親に訴え続けた。 無罪を勝ち取るため、裁判・再審請求で負け続けてもあきらめなかった。 獄中の美香さんと両親との手紙のやりとりは350通余り。 美香さんが両親に宛てた手紙には、両親への気遣いと、冤罪で自由を奪われた苦しい胸のうちが綴られている。 《私は殺ろしていません。 和歌山刑務所。 懲役12年、勾留されてからの1年を含め13年ぶりに美香さんは出所した。 しかし、出所してもなお、西山親子の闘いは続く。 昨年12月、裁判のやり直しを求める再審請求が大阪高裁で認められたが、検察が、これを不服として特別抗告。 再審の行方は不透明だからだ。 美香さんが当時、看護助手として勤めていた湖東記念病院に入院中の男性患者Tさん(当時72)が、心肺停止の状態で発見された。 Tさんは植物状態で人工呼吸器を着けていたが、発見した看護師のAさんは、「人工呼吸器のチューブが外れていた」と報告。 取調べの途中で、看護師Aさんは、「チューブは外れていたかどうかわからない」と供述を変えた。 しかし、取調べを担当していたY刑事は、「(チューブは外れていて)アラームは鳴っていたはずだ」と、看護師や美香さんらに、強引な取調べを重ねた。 のちに獄中から弁護士に宛てた美香さんの手紙にはこう綴られている。 すると、Y刑事の態度がコロッと変わった。 《(鳴っていたと言ったら)急に優しくなって、Y刑事のプライベートなこととかいろいろ聞いて私のことを信用していろんな話も聞いてくれてすごくうれしかった》 刑事は美香さんが、幼いころから優秀な兄にコンプレックスを持っていたことを知ると、「西山さんは、むしろかしこいコ」などと言葉巧みに美香さんの気をひき、意に沿う供述を引き出そうとした。 供述心理学者の鑑定で人に迎合しやすい傾向があるとされた美香さんは、Y刑事に優しくされて舞い上がり、好意を寄せてしまう。 しかし、「アラームは鳴っていた」という美香さんの供述のせいで、看護師Aさんへの取調べが厳しさを増したことを知った美香さんは、「私のせいだ……」と自らを責めた。 なんとか供述を取り消してもらおうと、「実は鳴っていません」と書いた手紙を警察署に持っていったが、取り合ってもらえない。 「病院の待遇に不満を持った美香さんが、病院を困らせてやろうと、入院患者Tさんの人工呼吸器のチューブを外した」というストーリーが出来上がった。 27日、殺人罪で起訴。 美香さんは容疑を否認。 「Y刑事に好意を持ち、気に入られようとウソの自白をした」と無罪を主張した。 残るは、最高裁への上告だけだったが、美香さんの訴えが最高裁に届くことはなかった。 懲役12年が確定したのだ。 このころ美香さんは、「やってないのに、なんで刑務所におらんとアカンのや!」と、ホチキスの針を飲んで自殺を図ったり、頭を刑務所の壁に打ち付けたりして自暴自棄になることもあった。 《最後まであきらめずに闘いたいけど、もう上告までいったらこの先戦えることはないと思います。 (中略)私は人との接し方がわからないし、自分に自信がありません。 すぐに涙がでるし……(後略)》 美香さんの無実の罪を晴らすまで、両親はあきらめるわけにはいかなかった。 だが、懸命に闘う西山親子の前に、突きつけられる現実は厳しいものだった。 5月23日、大阪高裁即時抗告棄却。 8月24日、最高裁特別抗告棄却。 《早くお父さんとお母さんと一緒にご飯が食べたいです》 《このごろすごく家が恋しく思って泣けてきます》 美香さんの両親は、第2次再審請求に向けて力になってくれる弁護士を探し始めた。 しかし、自白を覆すための弁護を引き受けてくれる弁護士は、なかなか見つからない。 最後に訪ねたのが、現在、弁護団長を務める元裁判官の井戸謙一氏だった。 井戸弁護士は、当時をこう振り返る。 「私も最初はむずかしいと思いました。 でも、記録を読み込むと、警察の捜査に都合がいいように、供述を変えさせられていた。 だからお引き受けしたんです」(井戸弁護士) 井戸弁護士という心強い味方を得て行われた第2次再審請求。 「平常時は、血中のカリウム濃度は3. 4~5. 1ミリモル/リットルあるのですが、亡くなったTさんの死後の解剖記録によると、1. しかし、再審への扉はなかなか開かない。 美香さんらは大阪高裁に即時抗告。 そうして迎えた大阪高裁での審判の日。 手応えは感じていた。 出所から5カ月たった昨年12月20日。 美香さんは決定を聞くために、ひとりで大阪高裁に向かった。 「アカンかったら3回目の再審請求をしたらいいんや」と、不安を打ち消すように、そう自分に言い聞かせた。 勝ち取ることが困難な再審決定。 美香さんは、その場に泣き崩れた。 無罪が出たら、美香さんにはやりたいことがたくさんある。 「調理の仕事に就きたいんです。 食べるのが好きだから、将来は自分の店も持ちたい。 それに、お世話になった人たちへの恩返し。 中学時代の先生や支える会の人たち。 私は井戸先生に救ってもらったから、井戸先生が弁護をしている原発事故で苦しんでる子どもたちの支援もしたい」(美香さん).

次の