なぜ 君 は 総理 大臣 に なれ ない のか。 「なぜ君は総理大臣になれないのか」は、なぜ見た方がいいのか:山陽新聞デジタル|さんデジ

[B! 民主主義] 映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を撮って~小川淳也との17年

なぜ 君 は 総理 大臣 に なれ ない のか

衆議院議員・小川淳也 当選5期 、49歳。 2019年の国会で統計不正を質し、SNSで「統計王子」「こんな政治家がいたのか」と注目を集めた。 彼と初めて出会ったのは、2003年10月10日、衆議院解散の日。 当時32歳、民主党から初出馬する小川にカメラを向けた。 「国民のためという思いなら誰にも負けない自信がある」と真っすぐに語る無私な姿勢に惹かれ、事あるごとに撮影をするようになる。 地盤・看板・カバンなしで始めた選挙戦。 2005年に初当選し、2009年に政権交代を果たすと「日本の政治は変わります。 自分たちが変えます」と小川は目を輝かせた。 しかし・・・ 監督:大島 新(おおしま あらた) 1969年神奈川県藤沢市生まれ。 1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。 「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。 1999年フジテレビを退社、以後フリーに。 MBS「情熱大陸」、NHK「課外授業ようこそ先輩」「わたしが子どもだったころ」などを演出。 2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督。 同作は第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。 2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。 2016年、映画『園子温という生きもの』を監督。 プロデュース作品に『カレーライスを一から作る』(2016)『ぼけますから、よろしくお願いします。 』(2018)など。 文春オンラインにドキュメンタリー評を定期的に寄稿している。 2003年、小川淳也は総選挙への出馬を猛反対する家族に対し、そう言って説得した。 その言葉を借りれば、私は「この映画を完成・公開しなければ死んでも死に切れん」と思った。 ドキュメンタリー映像製作をはじめてから20年余り経った、2016年のことだった。 私が小川淳也と初めて出会ったのは、2003年10月10日、衆議院解散の日。 小川は、私の妻と高校で同学年。 妻から「高校で一緒だった小川くんが、家族の猛反対を押し切って出馬するらしい」と聞いて興味を持ち、カメラを持って高松を訪れたのだった。 初めは興味本位だったが、およそ1カ月間取材をするうちに、「社会を良くしたい」と真っすぐに語る小川の無私な姿勢と、理想の政策を伝える説明能力の高さに触れ、私は「こういう人に政治を任せたい」と思うようになった。 小川はこの選挙では落選し、2005年の総選挙で初当選を果たす。 以降、小川と私は年に数回会う関係になった。 そして発表するあてもなく、時々カメラを回した。 とはいえ、撮影なしで会うことがほとんどだった。 「やるからには目標を高く。 自らトップに立って国の舵取りをしたい」と、初出馬の32歳の時から私に語っていた小川。 自分たちが変えます」と、意気揚々と話してくれた。 しかし... 2012年、総選挙で大敗し、安倍政権が誕生。 そうした時期の 2016年、小川との食事会の席で、私は「この人をもう一度きちんと取材し、記録したい。 映画にしたい」という、突き上がるような思いを抱いた。 にもかかわらず、安倍政権は盤石、野党はと言えば、まとまりがなく、本気で政権を取りにいこうとしているようには見えなかった。 優秀であることと、党内でポジションを上げていくことは、必ずしも比例しない。 その頃私は「もしかしたらこの人は政治家に向いていないのではないか」と感じ始めていた。 世界でも、日本でも、激しい言葉を発する強権的なリーダーが支持を得る傾向が強まっていた。 そんななか、小川の誠実さは、いまの政治の潮流の中では、むしろあだになっているのではないかと思ったのだ。 その食事会の翌日に、私は一気に映画の企画書を書いた。 タイトルは『なぜ君は総理大臣になれないのか』。 不遜なタイトルだが、小川本人にぶつけてみようと思った。 その企画書を持って、2016年の夏に議員会館を訪ねたのが、映画の冒頭のシーンだ。 小川はタイトルも含め、取材を受け入れ、「すべて大島さんにお任せします」と言った。 以後、政治の節目節目に小川が何を考えているのかを聞いた。 そして、2017年の総選挙がやってきた。 私は、その記録を映画として発表することによって、日本の政治の一断面を社会に問いたい。

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映画 上映中 なぜ君は総理大臣になれないのか

なぜ 君 は 総理 大臣 に なれ ない のか

小川淳也衆院議員=内藤絵美撮影 「なぜ君は総理大臣になれないのか」。 映画のタイトルを見て、「政治家の映画か。 あやしいな」という偏見が先に立った。 作品紹介を見ると「衆議院議員・小川淳也(当選5期)、49歳」とある。 「あの人か」と日本の政治家では珍しく質問ができる人を思い出した。 テンポのいい画面展開であっという間の119分。 小川氏の娘に同情し私は2度ほど涙ぐんでしまった。 プツンと突然はじけてしまった男に巻き込まれていく家族の悲喜劇。 「政治劇場」にあらがう糾弾の映画でもある。 話は今から17年前、2003年秋にさかのぼる。 香川の美容院の家に生まれ、高松高校、東大法学部、自治省(現総務省)と順風満帆の小川氏は32歳で国会議員を目指し、落選する。 映画の良さは細部にある。 穏やかながらも才気走った小川氏の顔が時折一変する。 何度も繰り返される選挙戦初日の彼の顔だ。 ときに目を真っ赤に、ときに涙をため、ときに雄たけびを上げる彼には、怒り、焦燥だけでなく、まるで何かが乗りうつったかのような迫力がある。

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なぜ君は総理大臣になれないのか: シネマジャーナル 作品紹介2

なぜ 君 は 総理 大臣 に なれ ない のか

監督:大島新 衆議院議員・小川淳也(当選 5 期)、49 歳。 衆議院が解散した2003 年10月10日、「国民のためという思いなら誰にも負けない自信がある」と語り、小川淳也は民主党から初出馬することを明らかにした。 当時 32 歳。 残念ながらこの選挙では当選できなかったが、2005 年に初当選する。 2009 年に政権交代を果たすと「日本の政治を自分たちが変えます」と小川は目を輝かせる。 しかし、2012 年に安倍政権が誕生すると表情は苦悩に満ちていく。 党利党益に貢献しないと出世できず、敗者復活の比例当選では立場も弱い。 権力への欲望が薄く、家族も「政治家に向いていないのでは」と本音を漏らす。 2017 年の総選挙では、希望の党への合流を決断した前原誠司の最側近として翻弄されていく。 小池百合子代表への不信感、前原や地元の盟友・玉木雄一郎への仁義というジレンマの中、苦悩は益々深まる。 小川 淳也(おがわ・じゅんや) 1971年香川県高松市生まれ。 高松高校・東京大学を経て、1994年自治省 現総務省 に入省。 2005年初当選。 2020年5月現在、立・国・社・無所属フォーラムに属し、国会質疑で注目を集めている。 著書に『日本改革原案』など。 32歳の小川淳也さんが決意表明をする直前に監督と話す姿が娘婿に似ていました。 (嫁にいった娘の夫を娘婿と表現していいのか、ちょっと躊躇いがありますが、それはさておき)だからよけいに、「自分の息子でなければ普通の家に生まれた若者が政治家を目指すのは応援したいが、自分の息子だと複雑」と語るご両親の言葉にとても共感しました。 もしも娘婿が選挙に出るといいだしたら、きっと素直に喜べない。 しかし、小川さんのご両親は息子のために電話を掛け、頭を下げる。 親ってそういうものなのよね。 そして、もっと大変なのは奥さんです。 初めての選挙では就学前の娘2人を抱えながら夫を支えていました。 当選を果たせなかったものの、諦めない夫を支え続けた妻の苦労はいかばかりだったでしょう。 また15年近く小川さんを追い続けた作品の中で娘2人はどんどん成長し、やがて「娘です」と襷をかけて、父と一緒に選挙区を自転車で回ります。 戦う相手はいつも平井卓也。 地元大手メディアのオーナー一族出身で、祖父は参議院副議長、郵政大臣を務め、父は元労働大臣という三世議員。 どう見ても戦況は不利。 それでも必死に、家族一丸となってがんばり続ける姿に胸が熱くなりました。 (堀) 「なぜ君は総理大臣になれないのか」のタイトルに「足りないものがあるから?」と考えました。 当選に必須の「ジバン(地盤)=後援組織」、「カンバン(看板)=知名度」、「カバン(鞄)=資金」の3つのバンは、私でも知っています。 小川淳也氏は能力、資質において不足はないように見えます。 理想が高く、国民のことを考える、責任感のある人に当選してほしいもの。 それが難しい現実に歯噛みしたくなる人は多いでしょう。 政治の中枢に近づくほどに人事に絡み取られ、理想と遠くなるって変ですよね?活力バリバリの好青年だった小川氏がやつれていました。 ご家族の心情を吐露した言葉に、こちらも思わず「そうそう」とうなずいてしまいました。 選挙にうって出るほどの3バンも気概もない私は、投票だけは棄権したことがありません。 そして関心の低さがそのまま表れた投票率に毎回がっくりしています。 先人が苦労して獲得した選挙権をきちんと行使して、と切に願っています。 いろいろややこしい仕組みや背景がかなりわかりやすいこのドキュメンタリー、これも一面と参考になさってください。

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