立教 池袋 高校。 立教池袋中学か立教新座中学のどちらを第一志望にするか悩んでい...

立教池袋中学校・高等学校

立教 池袋 高校

高校の入学式で泣きました。 立教池袋中から日本学園高校(偏差値46)に今春から通っている高1の男です。 付属高校には成績が悪くて行けませんでした(12人が他校に進学した)。 立教小学校出身です。 春休みの時から高校進学が鬱で、泣いたりしてました。 入学式が近くなると、鬱がひどくなって吐き気と食欲不振に襲われてさらに泣きました。 そして、入学式当日は生徒の質、環境があまりに違うため(予想はしていた)現実を受け止めることができず、後悔して自分を責めてました。 、、、また泣きました。 その日に高校を辞めたくなりました。 入学式後に精神的にボロボロだったので、中学時代の野球部の顧問の先生のところに行って相談しました。 その先生は、時間が解決すると思う、もう少し楽観的に考えろ、一週間過ぎてもその気持ちが続いたらもう一度来なさい、、と言ってくれました。 そして、オリエンテーション合宿が終わり、今週は終わったのですが友達もあまりできず、合宿中も頻繁に泣きました。 明日からは授業、部活が始まります。 陸上の短距離が得意であることを生かして陸上部に入部したいと思います。 部活が楽しくなれば学校も少しは楽しくなるのかなと思ったからです。 話が変わりますが、立教大学に行きたいという強い気持ちがあるので塾に通います(日本学力振興会)。 周りに流されず勉強して、上位の成績を取れば一般公募などで立教に行けると塾の先生が言ってたので、勉強はしっかりやる気はあります。 特別進学コースではなく、普通コースにいるので心配ですが、、。 周りの生徒、教師がウザイです。 ここで質問ですが、これからやっていけるのでしょうか?学校を辞めてしまわないか、不登校にならないか、などと不安です。 単純な質問ですが何でも良いのでアドバイスをください。 長文失礼しました。 やっていけるだろうか?、ではなく、「やってやる。 やる!やればいいんだろ!!」 …みたいな心持です。 人はネガティブな発想になれば、そこから負のスパイラルが発生、最悪抜け出せなくなります。 俗に言う、不登校予備軍及び不登校とかってやつです。 あなたの場合、勉強のやる気はあるんでしょう?だったら上出来です。 それを打開策に立教へ行きましょうよ! 勿論、陸上部はあなたのパラメーターを更に伸ばすでしょうね。 何かに必死に打ち込める人は必ず成功します。 その上、打ち込めるものがない人に比べ、へたりにくいです。 だからこそ、物事を楽観的に考えるべきです。 但し、楽観的に考え過ぎるとミスる場合があるので、時々誰かに話しを聞いてもらって、状況の整理をすることが必要です。 もし今度泣きそうになれば、野球部の顧問の方に話を聞いてもらえばいいです。 そして溜まっている物を吐き出し、リフレッシュするべきです。 きっと、その顧問の方と勉強に対するやる気は、あなたを何らかの形で成功させてくれますよ。

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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

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過去の偏差値も本年度のやり方で算出していますので以前と異なる場合がございます。 学科毎にわからない場合は全学科同じ倍率でランキングしています。 立教池袋高校の入試倍率推移 学科 2019年度 2018年度 2017年度 2016年度 2015年度 普通[一般入試] 1. 3 1. 1 2. 東京都と全国の高校偏差値の平均 エリア 高校平均偏差値 公立高校平均偏差値 私立高校偏差値 東京都 52. 7 50. 5 54. 1 全国 48. 1 48 48. 7 立教池袋高校の東京都内と全国平均偏差値との差 学科 東京都平均偏差値との差 東京都私立平均偏差値との差 全国平均偏差値との差 全国私立平均偏差値との差 普通 19. 3 17. 9 23. 9 23. 3 立教池袋高校の主な進学先 立教大学 慶應義塾大学 国際基督教大学 上智大学 獨協大学 日本歯科大学 早稲田大学 北里大学 成蹊大学 明海大学 青山学院大学 東京理科大学 明治大学 東京都市大学 日本医科大学 芝浦工業大学 東京慈恵会医科大学 法政大学 愛知医科大学 東京大学 立教池袋高校の出身有名人 みのもんた 司会者 三竿健斗 サッカー選手 中原洲一 画家 二木正人 実業家 安住敦 俳人 小野塚勝俊 元衆議院議員 川端健嗣 アナウンサー 左卜全 俳優 広井王子 マルチクリエイター 松本謙一 雑誌編集者 横尾弘一 ベースボール・ジャーナリスト 横田真人 陸上競技選手 深井瞬 アナウンサー 膳桂之助 官僚、政治家 落合正勝 服飾評論家 谷澤伸幸 作家、映画プロデューサー 谷田千里 タニタ社長 関口知宏 俳優 高林恒夫 元プロ野球選手 高橋幸宏 ミュージシャン 立教池袋高校の情報 正式名称 立教池袋高等学校 ふりがな りっきょういけぶくろこうとうがっこう 所在地 東京都豊島区西池袋5丁目16-5 交通アクセス 各線「池袋駅」西口より徒歩10分 電話番号 03-3985-2707 URL.

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[mixi]池袋校と新座校の違うところ?

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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。 その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。 その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。 しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。 これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。 私は躊躇した。 しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。 私はこのささやかなメッセージを続けることにした。 諸君らのほとんどは、大学に進学する。 大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。 大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。 大学での青春とは、如何なることなのか。 大学に行くことは学ぶためであるという。 そうか。 学ぶことは一生のことである。 いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。 一生涯辞書を引き続けろ。 新たなる知識を常に学べ。 知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。 大学だけが学ぶところではない。 日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。 しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。 大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。 そうか。 友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。 どの社会にあろうとも、よき友人はできる。 大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。 そんな思い上がりは捨てるべきだ。 楽しむために大学に行くという者がいる。 エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。 これほど鼻持ちならない言葉もない。 ふざけるな。 今この現実の前に真摯であれ。 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。 現実を直視する自由だと言い換えてもいい。 中学・高校時代。 君らに時間を制御する自由はなかった。 遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。 又、それは保護者の下で管理されていた。 諸君は管理されていたのだ。 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。 無断欠席など、会社で許されるはずがない。 高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。 それは、家庭を持っても変わらない。 愛する人を持っても、それは変わらない。 愛する人は、愛している人の時間を管理する。 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。 池袋行きの電車に乗ったとしよう。 諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。 高校時代、そんなことは許されていない。 働いてもそんなことは出来ない。 家庭を持ってもそんなことは出来ない。 「今日ひとりで海を見てきたよ。 」 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。 大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。 悲惨な現実を前にしても云おう。 波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。 荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。 時に、孤独を直視せよ。 海原の前に一人立て。 自分の夢が何であるか。 海に向かって問え。 青春とは、孤独を直視することなのだ。 直視の自由を得ることなのだ。 大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。 自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。 流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。 海を見つめ。 大海に出よ。 嵐にたけり狂っていても海に出よ。 真っ正直に生きよ。 くそまじめな男になれ。 一途な男になれ。 貧しさを恐れるな。 男たちよ。 船出の時が来たのだ。 思い出に沈殿するな。 未来に向かえ。 別れのカウントダウンが始まった。 忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。 愛される存在から愛する存在に変われ。 愛に受け身はない。 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。 あまりに痛ましい状況である。 祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。 だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。 惨状を目の当たりにして、私は思う。 自然とは何か。 自然との共存とは何か。 文明の進歩とは何か。 原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。 原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。 救援隊も続々被災地に行っている。 いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。 アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。 窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。 世界の各国から多くの救援が来ている。 地球人とはなにか。 地球上に共に生きるということは何か。 そのことを考える。 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。 行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。 家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。 今この時こそ親子の絆とは何か。 命とは何かを直視して問うべきなのだ。 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。 そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。 共に共にいまここに私たちがいることを。 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。 巣立ちゆく立教の若き健児よ。 日本復興の先兵となれ。 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。 (3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする) 被災者の人々への援助をお願いしたい。 もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。 卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

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