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秋篠宮家が手作りした医療用ガウンを受け取った済生会病院。なぜ済生会病院だけなのか?|銀座ニュース速報

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福井県済生会病院には5日、同団体に寄贈されたうちの7着が届けられた。 新型コロナウイルス対策に役立ててもらおうと、秋篠宮ご一家が宮内庁職員とともに手作りされた医療用ガウン五百着が、全国の済生会病院に贈られた。 福井県済生会病院には五日、七着が届けられた。 県済生会病院によると、ガウンは秋篠宮ご一家の五人と宮内庁職員が、ビニールの袋を加工して作った。 「大変な状況の中、日々一生懸命働いてくださり、感謝しかありません」「ご自身のお体も大事になさってください」などとの秋篠宮ご一家と職員らによる手書きのメッセージカードも添えられている。 登谷大修院長は「職員が一層頑張れると思う。 お気持ちを示して頂いて本当にうれしい」と感謝。 脇和枝看護部長も「新型コロナと闘う看護師らは頑張らないとと思う半面、不安もある。 手作りのガウンを着ることで応援されていることを実感でき、すごく前向きになれる」と笑顔を見せた。 贈られたガウンは、第二波が到来した時、主に感染症専用の病棟で働く看護師らが使用する予定で、当面の間はメッセージとともに、職員通路に展示するという。 中日新聞 6月10日 秋篠宮殿下、悠仁さま、紀子さま、眞子さま、佳子さまと10名の職員で作られたこのガウンは、8都道府県で緊急事態宣言が継続中だった折に、紀子さまのご発案ではじめられたお取り組みだった。 5月15日に100着、続く22日には200着、さらに29日にも200着が済生会本部に届けられると、メディアはこぞってこれを取り上げ、美談として連日報じられている。 秋篠宮だけを取り上げ続けるメディア 秋篠宮家のお取り組みがメディアで大絶賛される一方で、政府、民間レベルでも医療機関向けに支援が続いている。 政府は先ごろ、新型コロナウィルス禍において逼迫する医療品の不足や医療従事者の負担などを懸念し、経済対策を打ち出している。 医療機関への支援と、感染リスクを負いながらも懸命に対応を続けた医療従事者への支援が柱となる。 政府は27日、新型コロナウイルス感染拡大を受けた追加経済対策の裏付けとなる2020年度第2次補正予算案を閣議決定した。 一般会計の歳出総額は31兆9114億円で、1次補正予算(25・6兆円)を上回る。 民間支出を合わせた事業規模は117・1兆円で、1次補正と合わせると233兆円に上り、過去に例のない規模となる。 (中略) 感染収束が見通せないなか、新型コロナ感染症に対する医療体制を拡充する。 患者に接する医療従事者への最大20万円の慰労金のほか、都道府県向けの「新型コロナ緊急包括支援交付金」(2・2兆円)、ワクチンや治療薬の開発などの支援策(2055億円)を盛り込んだ。 毎日新聞 5月27日 YouTuberのHIKAKIN氏とYahoo! JAPANが立ち上げた「コロナ医療支援募金」は11日現在で3億5千万以上の寄付金を集めている。 また、モデルでタレントの紗栄子氏は、チャリティTシャツの販売により寄付金を集め、自身が代表理事を務める社団法人「Think The DAY」で、防護服を1万5千枚を確保、順次配送を進めている。 紗栄子氏はこの取り組みに関し 「この度、政府のルートに干渉することなく医療用防護マスクの手配が出来ることとなりましたので、私個人で準備していた支援金で物資を購入し、医療従事者の皆様へダイレクトにお届けすることに致しました」とコメント。 称賛の声が広がっている。 「秋篠宮家のお取り組みに関しては、色々と熟慮を重ねた上で決定されたことと存じます。 しかし、政府をはじめ著名人が控えめに、しかし着実に医療現場への支援を呼びかけ実行する中、メディアが秋篠宮家のお取り組みだけを取り上げ続けるのはいかがなものでしょうか。 秋篠宮家としても、こうった騒がれ方は不本意かもしれません。 皇族はタレントではありませんから、今一度報道機関にはこの件の取り上げ方について思案していただきたいものです」(皇室ジャーナリスト) 秋篠宮家のご慈愛は、皇室の今後のご活動に思わぬ議論を呼んでしまったようだ。

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「このままでは秋篠宮家は崩壊する」雅子さまの裏で紀子さまが“泣かれる”理由とは!? 酒量も増え、肌荒れも…記者が暴露!

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Contents• 済生会について 済生会病院の正式名称は、正式名称は、社会福祉法人恩賜財団済生会(おんしざいだんさいせいかい)といいます。 慈善事業団体の一つで、日本最大の社会福祉法人です。 青森・秋田・山梨・岐阜・徳島・高知・沖縄を除く40都道府県で、病院や診療所などの医療機関99施設と老人や障害者などの福祉施設292施設を開設・運営しています。 元々は経済的に恵まれない人々に医療を提供することで、現在も社会福祉法に基づく無料低額診療事業を行っています。 近年では茨城県立こども病院や大阪府済生会千里病院救命救急センターのように、公立病院の運営を済生会が受託したり、指定管理者として管理している施設もあります。 済生会の名前の由来は下記のとおりです(ウィキペデイァより) 創設に際し、「生活困窮者を 済う(すくう)」「医療で地域の 生(いのち)を守る」「 会(かい)を挙げ、医療・福祉の切れ目ないサービス」からとられた 恩賜財団とは? 耳慣れない言葉ですが、恩賜財団について説明します。 恩賜の意味は、「天皇・主君から賜ること。 そのたまもの」の事です。 これは済生会病院の成り立ちが関係しています。 この済生会病院が出来たのは、明治天皇の時代に遡ります。 明治44年当時、開国して近代化を進めていた日本ですが、その頃の日本は日清・日露戦争の直後で、国内にはたくさんの戦争で傷ついた兵士や、大黒柱を失った家族、失業者が貧困にあえいでいました。 この状況を憂慮された明治天皇が「生活苦で医療を受けることができずに困っている人たちを施薬救療 無償で治療すること によって救おう」と「済生勅語」を発せられました。 お手元金150万円を下賜され、この150万円を元に設立されたのが「済生会」で、医療を中心とした支援を行う団体としての活動が始まりました。 天皇陛下からいただいたという意味から「恩賜財団済生会」と名付けられ、歴代の総裁は全て宮家の親王殿下や妃殿下が歴任されていて、現在は天皇陛下の弟である秋篠宮様が勤めています。 戦後恩賜財団としては解散し、その後社会福祉法人として認可されましたが、原点を忘れないようにと恩賜財団の名はそのまま残してあるそうです。 昨年度の利用者数は2,336万人で、その内訳はこちらです(より) 医療施設99 1,678万人 無料低額診療事業 215万人 生活困窮者支援事業 18万人 公衆衛生・保護予防活動 97万人 瀬戸内海巡回診療 7千人 介護老人保健施設33 98万人 社会福祉施設157 同事業257 346万人 公益事業施設及び事業 98万人 福井県済生会病院の成り立ちと概要は? 福井県の済生会病院は、昭和16年に恩賜財団済生会福井診療所として開設しました。 その後昭和20年7月の福井空襲で全焼しますが、翌8月には開設し、12月には大和百貨店の中に仮診療所を設けました。 その後、昭和23年の福井大震災で再び全焼しますが、翌24年5月には復旧工事を終えて内科・外科の診療を再開しました。 昭和57年には総合病院として承認され、平成5年に豊島から現在の和田に移転しました。 現在は24の診療科目と460床を持つ、福井県の基幹病院の一つです。 今回はガウン500着を作成して寄付 今回、ガウンを送られた経緯についてですが、コロナ渦の中秋篠宮さまが防護服が不足している事をお知りになり、済生会の職員がガウンの設計図をメールで送ったそうです。 その設計図を参考に、秋篠宮家ご一家と宮内庁職員で500着のガウンを手作りされたそうです。 福井の済生会病院には、5日に7着とご一家らによる色紙も一緒に届けられたそうです。 済生会病院は当初はコロナ患者の受け入れはしていませんでしたが、県の要請を受けて4月から患者の受け入れをしていました。

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秋篠宮家からまた職員逃亡…東大卒キャリア官僚が依願免職 宮内庁きっての“ご難場”(デイリー新潮)

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8都道府県で緊急事態宣言が継続中だった5月15日、東京都済生会中央病院に、秋篠宮家から防護ガウン100着が寄贈された。 続く22日には200着、さらに29日にも200着が済生会本部に届けられた。 これらのガウンは秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王、紀子妃殿下、眞子内親王、佳子内親王の5方と宮内庁職員の計10名による手作りの品で、市販のビニール袋を使ったものだという。 一体どのような経緯で宮家からガウンを賜ったのか。 東京都済生会中央病院 広報室長の佐藤弘恵さんに聞いた。 「〝社会福祉法人 恩賜財団 済生会〟は1911年、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと設立され、現在は全国に80以上の病院を配し、医療・保険・福祉活動を展開しています。 総裁には代々皇族方を推載。 秋篠宮殿下は2013年に、第6代総裁に就任されました」(佐藤弘恵さん 以下同) 5月11日、済生会本部事務局で、秋篠宮殿下・同妃殿下に、新型コロナウイルス感染症への対応状況をご説明するWeb会議が開かれた。 この会議には眞子・佳子両内親王殿下も別室で参加された。 当時の済生会中央病院は、どのような状況だったのだろうか。 「5月の連休前後は、いちばん大変な時期でした。 附属の乳児院でクラスターが発生し、子どもたち8名が入院。 それに伴って濃厚接触者である乳児院の職員は多くが自宅待機になりました」 病院敷地内にある乳児院は、保護者の養育を受けられない乳幼児を養育する施設。 子どもたちにとって乳児院が家であり、集団感染が起こっても移動できる環境がない。 保育を担当する大人が自宅待機という緊急事態に、看護師を中心に、何十名もの職員が防護ガウンを着用し、サポートに回った。 「3月の終わり頃から医療資材の納品が遅れ始め、4月初旬には、いつ入ってくるかわからなくなりました。 PCR検査も数多くできる体制ではなく、院内には感染症疑いの患者さんが一定数いらっしゃいましたので、早急にガウンを用意する必要がありました。 そのようないきさつで、職員たちがゴミ袋を利用してガウンを作り始めたのが4月18日頃だったと思います。 ゴミ袋を利用するのは珍しいことではなく、他の病院でも、みなさんそうしていらっしゃいました。 よく欧米のニュースで、医療従事者のガウンが足りなくてポリ袋を被っているのを見ましたが、まさにあんな感じでしたね」 状況を聞いた殿下は〝それほど物資が足りないのか〟と非常に驚かれたご様子で、医療用のガウンに興味を示された。 妃殿下からも〝作り方を教えてもらいたい〟というご要望があったため、翌12日、看護部長が作り方の図面と動画をメールで宮内庁に送った。 「この時点では関わった職員も〝参考までにお知りになりたいのだろうな〟と思っていたようです」 ところが15日、突然宮家から連絡があり、手作りのガウン100着が手書きのメッセージと共に届けられたという。 「受け取ったのは院長と看護部長でした。 資料は送ったものの、まさか数日後にガウンが届くとは思ってもおらず、ふたりとも大変感激し、恐縮していました。 「市中での感染者数の増加も収まり、ガウンやマスクの供給がかなり追いついてきたのと、行政機関からの支給も徐々に始まって、なんとか数ヵ月分は対応できるだけの資材が手に入るようになりました。 ただ、これからまた第2波、第3波が来る可能性もありますので、無駄に消費しないよう、適正に使うことを心がけています」 今回のコロナ禍では宮家だけではなく、実にたくさんの企業や個人の方から支援していただいたと、佐藤さんは振り返る。 「ある製薬会社さんからはアルコール消毒で手が荒れるだろうからと、ボトル入りのハンドクリームをいただきました。 ひと箱ひと箱に全部メッセージを書いてくださっていて、大変感激しました。 また、職員が作ったガウンはポリ袋を加工しているので通気性が悪く、汗がすぐに出ます。 ユニフォームの洗濯が間に合わず困っていたところ、アパレルメーカーさんからユニフォームに替わるTシャツと通気性のいいズボンをいただきました。 気仙沼のボランティア団体さんからは、今も定期的に何百枚単位で手作りのビニールガウンを贈っていただいています。 垂れ幕のような大きな布に、ボランティアのみなさんが励ましの言葉を書いてくださったことも、大変嬉しかったです」 済生会中央病院は東日本大震災時、DMATを派遣して支援にあたっている。 〝あの時助けていただいたお礼〟ということで、ボランティア団体が広く声がけをしてくれたそうだ。 「支援してくださった方たちはご紹介しきれないくらいです。 使えるお薬は限られていますし、ワクチンもできていないので、まだまだ気を緩めるわけにはいかない状況ですが、皆様からのお心遣いの物資を、これからも大切に使わせていただきます」 それにしても12日にガウンの作り方を送り、15日に届いたということは、なか2日で100着を手作りされたことになる。 一刻も早くという秋篠宮家のお気持ちが忍ばれ、そのスピーディーさには心から敬服する。 取材日の東京は快晴。 医療従事者への敬意と感謝を込め、航空自衛隊のブルーインパルスが上空を飛行した。 取材・文:井出千昌 FRIDAYデジタル.

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