優しいあの子 歌詞。 優しいあの子(スピッツ) / コード譜 / ギター

朝ドラ「なつぞら」主題歌スピッツ「優しいあの子」歌詞の意味(解釈)とは?

優しいあの子 歌詞

「優しいあの子」と「悪役」の繋がりについて スポンサーリンク 個人的な話をさせていただくと、一時期、スピッツ熱が冷めていた。 具体的に言うと、「とげまる」「小さな生き物」期のスピッツはそこまで聴いていなかったのだ。 少なくとも、昔ほどの関心はなくなってしまっていた。 このままだったら、スピッツを聴かなくなってしまうかも。 そんなことすら思ってしまうほどの下り方だった。 その理由をここでツラツラ書くつもりはないけれど、自分にとってのスピッツがそうなっていたことは確かだったのだ。 みなとから変わったスピッツ 事態が急変したのは、「みなと」をリリースしたくらいのタイミング。 というか、「みなと」が自分のなかで久しぶりにスマッシュヒットしたのだ。 スピッツの持つメ切なさと美しさが見事にパッケージされた感じで、歌詞においてもメロディーにおいてもサウンドにおいても自分のツボだった。 その後に続く「醒めない」というアルバムがこれまた良くて、一度冷め切っていたスピッツ熱が、再びぶり返したのだった。 2019年にリリースされた「優しいあの子」と「悪役」も、そんな今のスピッツの魅力がこれでもかと詰まった快作だと思う。 この記事では、なぜこの曲を快作と思うのか?というところに焦点を当てながら書き進めていきたい。 優しいあの子の話 そもそも、この歌はNHKの連続テレビ小説「なつぞら」のために書き下ろされた歌。 この曲を作るために、草野マサムネは北海道の地に何度も足を運んだそうな FM802のなんかの番組でDJさんがそう言ってました。 そのため、この歌について語るならば、ある程度は「なつぞら」の話を踏まえながら語る必要があるんだろうけど、生憎、僕はそのドラマを観ていない。 この記事では、そことは切り離して書かせてもらえたら幸いである。 この歌のモチーフは、「みなと」と通ずるものがあって、ベースにあるのは。 そういうニュアンスが強いように感じる。 最後のサビにふと挟まれる「日なたでまた会えるなら」のフレーズが、その予感をどことなく強くさせる。 この歌がポイントなのは、「優しいあの子」に対して、自分と一緒にその先を行こうと語りかけるのではなく、「教えたい」と言ってみせるところ。 おそらく、きっと自分と一緒に行くことはできないから、こういう言い方をするのだと思う。 ただし、「あの子」という言い方からもわかる通り、この歌の二人称はかなり限定的な立ち位置にしている。 君でもなく、あなたでもなく、あの子なのだ。 ここに必然的な意味があるように感じる。 おそらく、語り手は親のような立場であり、子どもに対して投げかけるように言葉を紡いでいるのではないか? それを示すかのごとく、最初のフレーズは「重い扉を押し開けたら 暗い道が続いている」。 人生の先輩として日々を生きてきたからこそ、こういうことが言えるんだろうなーなんて思うのだ。 どれだけ頑張って生きてみても、簡単には光は現れない。 人生がそういう過酷さであることを、この主人公は「既に」知っているのだ。 けれど、その後、このようにも言葉を紡ぐ。 「めげずに歩いたその先に 知らなかった世界」 この主人公はあの子にとって、この世界は生きにくいものであることを知っている。 時にその事実に絶望してしまうこともあるかもしれない。 でも、それは決して捨てたものじゃないんだよということを、人生の先輩である主人公はあの子に教えているように感じる。 メンバー全員が50歳を越えたスピッツだからこその視座だと思うし、単に頑張れよとか、背中を押すわけでも、単に痛みに寄り添うだけでもない、本当の意味でのが、この歌には宿っている。 もっと言えば。 この歌に出てくるとは、スピッツ自身の、昔の自分なのではないか? 昔に自分に向けての捧げた、そんな歌てはないか?という感じたりするのだ。 というのも、一番に出てくる「氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ」とか、二番に出てくる「芽吹きを待つ仲間が 麓にも生きていたんだなあ」は、まるで自分自身に語りかけている言葉のように見える。 でも、そのフレーズは、最終的にに言いたかった言葉に収斂していく。 自分自身に対して投げている言葉なのに、優しいあの子に集約されていくところに、微妙な違和感を覚えた。 その違和感を一本の筋で繋げるのが、この説。 「優しいあの子」は、ピュアだった頃の自分自身という説だ。 だから、この歌は代入可能な「君」でも「あなた」でもなく、限定的な「あの子」なのではないか? 実際に「優しいあの子」の代わりに「昔の自分たち」という言葉を代入しても、綺麗に意味が通ずる。 しかも、だ。 この歌に出てくる、目の前に広がる大空はと形容している。 丸いというモチーフはスピッツの歌詞でよく出てくるんだけど、このイメージは平たくいえば、起点も終わりもない繋がりを意味した言葉となる。 今いる自分と優しいあの子は、同じ円の中で結ばれた存在だからこそ、空は「丸い」のではないか? そんなことを思うのだ。 もちろん、本当の解釈は違うのかもしれないし、前提としてこの歌はドラマのために書き下ろされた歌なのだから、ドラマを無視した解釈は野暮なのかもしれない。 けれど、ドラマ主題歌でありながらも、自身のことを歌っているように感じる歌詞構築そのものに、僕はスピッツの真髄を見たし、単なるオーダーに応えただけのドラマ主題歌ではないからこそ、この歌には独特の魅力が満ち溢れているのだ。 星野源の「アイデア」なんかもそうだけど、本当に作家性のあるアーティストは、タイアップソングだからこそ、自身のアイデンティティに通ずるものを歌うことができる。 スピッツの「優しいあの子」にも同じものを感じたというわけだ。 スポンサーリンク サウンドの話 この歌は、メロディーやリズム割も面白い。 まず、この歌の構成をメロ部分とサビ部分の構成に分けるのだとしたら、メロ部分はギターもドラムも跳ねたリズムをキープしている。 ギターは音を鳴らした後にすぐにミュートして、「ちゃ、ちゃ、ちゃ、」という音を響かせる。 ドラムもそんなギターに合わせて、陽気にメロディーを奏でる。 で、一般的な楽曲ならこの陽気なリズムのままサビに突入しがちだが、スピッツはここでリズムパターン変える。 というか、人によっては「これ?サビじゃなくてBメロじゃね?」っていうくらい、さらっとサビに入る。 サビの最後に回収する「ルールールー」という言葉が、リズムが変わった始めからバックコーラスで流れているので、たぶんここからがサビなんだと思う。 言いたいのは、この捻くれっぷりの凄さである。 J-POPの基本としてあるのは、サビをいかに盛り上げるかである。 盛り上げ要素を強めるため、メロとサビの間にちょっとした間を作ったり、サビで一気に音圧を上げるパターンが常套句になっているなか、スピッツはそんなしゃらくせえ真似は一切しない。 たぶん、初めて聴いた時だと「え??サビどこ??」ってなるくらい、さらっとサビに突入して、さらっとサビが終わる。 普通のアーティストがこんなことやったら違和感まみれになる。 スピッツだからこそできる芸当だし、スピッツほどメロディーが洗練されているから聴けるものになっているのだと思う。 挙句、一番のキモとなるはずのサビのラストセンテンスでは、音数を減らすという構築までしているわけで。 NHKの連続テレビ小説の主題歌という、超大きな場で、こんな歌をさらっと作り、納品できるのはスピッツだけだと思う。 本当にすごい。 それを超える凄さの悪役 今回のスピッツのシングル、何が良いって、A面は「優しいあの子」という柔軟剤のような手触りの歌なのに、そのカップリングは「悪役」はタイトルもなかなか、激しくてヘビーというそのギャップ。 このシングルにスピッツの魅力の全てが詰まっていると言える所以は、そこなのである。 「悪役」は誰が聴いても、ヘビーでゴリゴリなサウンドである。 スピッツの場合、セルフでプロデュースすると、サウンドがゴリゴリになりがちなのだが、「悪役」も見事にそうなっている。 バンドとしてすっぴんのスピッツが、そこにある。 また、ドラムのスネアの打ち方にも味があって、途中までは一定間隔で音をうつのに、時たま、ダダダと連続して音をうつ 聴いてもらったらわかると思う。 こういうところにも、ロックな匂いを感じる。 なんとなくエロさを感じさせる歌詞も良い。 狙ったのか狙ってないのかはわからないが、「果実」とか「ぶち込んで」とか「キメる」 ここがカタカナ表記がすごく良い とか、どことなくエロさを感じさせる単語がいくつも登場していて、その塩梅が良いのだ。 あと、この歌の二人称は「君」なんだけど、その君に対してわりとドSな態度で示してくるのも良い。 君に問いかけるときの語尾が「ぜ」になっているところも、グッとくるのだ。 二つの楽曲の注目ポイント で、「悪役」を聴いて思ったのは、サビの「い」の音である。 「うれしい時も 悲しい時も」の「い」の音がすごく印象に残る。 また、「優しいあの子」でも「優しい」や「教えたい」という「い」の母音が印象に残る。 最近のロックバンドの歌はメロディーを詰め込みがちで、そのゆとりのなさこそが、この歌で言うところの「優しくない世界」に通ずる。 けれど、スピッツはそんな世界にNoを突き付けるがごとく、メロディーひとつひとつを綺麗に聴かせる。 その証拠に、ほとんどの言葉の母音を大切にして発音している。 だからこそ、「い」の音が、ここまで象徴的に残るのである。 音楽シーンだけでみても、今のシーンって生きにくい世界になっているんだけれど、それにただ絶望するだけでもないんだよという道を示しつつ、自分がシーンにおける「悪役」になって、リスナーという君をHAPPYな終わりに誘う。 そんなスピッツの心意気を、この2作を通じて感じたのだった。 まさしく、今のスピッツのモードが反映されたメッセージソングのように僕は思えたのだ。 まとめ とにかく言いたいのは、スピッツの今作には、スピッツの魅力が全て詰まっているということ。 そして、この2作を通じて聴けば、「みなと」以降のスピッツのメッセージが全て凝縮しているのだということ。 50歳を超えてもなお、爽やかさとダークさの両方に磨きをかけるスピッツ。 本当に尊い存在だと思う。 関連記事: 関連記事: スポンサーリンク.

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スピッツ「優しいあの子」歌詞の意味を解釈!夏だけど冬っぽい?(なつぞら主題歌)

優しいあの子 歌詞

「優しいあの子」と「悪役」の繋がりについて スポンサーリンク 個人的な話をさせていただくと、一時期、スピッツ熱が冷めていた。 具体的に言うと、「とげまる」「小さな生き物」期のスピッツはそこまで聴いていなかったのだ。 少なくとも、昔ほどの関心はなくなってしまっていた。 このままだったら、スピッツを聴かなくなってしまうかも。 そんなことすら思ってしまうほどの下り方だった。 その理由をここでツラツラ書くつもりはないけれど、自分にとってのスピッツがそうなっていたことは確かだったのだ。 みなとから変わったスピッツ 事態が急変したのは、「みなと」をリリースしたくらいのタイミング。 というか、「みなと」が自分のなかで久しぶりにスマッシュヒットしたのだ。 スピッツの持つメ切なさと美しさが見事にパッケージされた感じで、歌詞においてもメロディーにおいてもサウンドにおいても自分のツボだった。 その後に続く「醒めない」というアルバムがこれまた良くて、一度冷め切っていたスピッツ熱が、再びぶり返したのだった。 2019年にリリースされた「優しいあの子」と「悪役」も、そんな今のスピッツの魅力がこれでもかと詰まった快作だと思う。 この記事では、なぜこの曲を快作と思うのか?というところに焦点を当てながら書き進めていきたい。 優しいあの子の話 そもそも、この歌はNHKの連続テレビ小説「なつぞら」のために書き下ろされた歌。 この曲を作るために、草野マサムネは北海道の地に何度も足を運んだそうな FM802のなんかの番組でDJさんがそう言ってました。 そのため、この歌について語るならば、ある程度は「なつぞら」の話を踏まえながら語る必要があるんだろうけど、生憎、僕はそのドラマを観ていない。 この記事では、そことは切り離して書かせてもらえたら幸いである。 この歌のモチーフは、「みなと」と通ずるものがあって、ベースにあるのは。 そういうニュアンスが強いように感じる。 最後のサビにふと挟まれる「日なたでまた会えるなら」のフレーズが、その予感をどことなく強くさせる。 この歌がポイントなのは、「優しいあの子」に対して、自分と一緒にその先を行こうと語りかけるのではなく、「教えたい」と言ってみせるところ。 おそらく、きっと自分と一緒に行くことはできないから、こういう言い方をするのだと思う。 ただし、「あの子」という言い方からもわかる通り、この歌の二人称はかなり限定的な立ち位置にしている。 君でもなく、あなたでもなく、あの子なのだ。 ここに必然的な意味があるように感じる。 おそらく、語り手は親のような立場であり、子どもに対して投げかけるように言葉を紡いでいるのではないか? それを示すかのごとく、最初のフレーズは「重い扉を押し開けたら 暗い道が続いている」。 人生の先輩として日々を生きてきたからこそ、こういうことが言えるんだろうなーなんて思うのだ。 どれだけ頑張って生きてみても、簡単には光は現れない。 人生がそういう過酷さであることを、この主人公は「既に」知っているのだ。 けれど、その後、このようにも言葉を紡ぐ。 「めげずに歩いたその先に 知らなかった世界」 この主人公はあの子にとって、この世界は生きにくいものであることを知っている。 時にその事実に絶望してしまうこともあるかもしれない。 でも、それは決して捨てたものじゃないんだよということを、人生の先輩である主人公はあの子に教えているように感じる。 メンバー全員が50歳を越えたスピッツだからこその視座だと思うし、単に頑張れよとか、背中を押すわけでも、単に痛みに寄り添うだけでもない、本当の意味でのが、この歌には宿っている。 もっと言えば。 この歌に出てくるとは、スピッツ自身の、昔の自分なのではないか? 昔に自分に向けての捧げた、そんな歌てはないか?という感じたりするのだ。 というのも、一番に出てくる「氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ」とか、二番に出てくる「芽吹きを待つ仲間が 麓にも生きていたんだなあ」は、まるで自分自身に語りかけている言葉のように見える。 でも、そのフレーズは、最終的にに言いたかった言葉に収斂していく。 自分自身に対して投げている言葉なのに、優しいあの子に集約されていくところに、微妙な違和感を覚えた。 その違和感を一本の筋で繋げるのが、この説。 「優しいあの子」は、ピュアだった頃の自分自身という説だ。 だから、この歌は代入可能な「君」でも「あなた」でもなく、限定的な「あの子」なのではないか? 実際に「優しいあの子」の代わりに「昔の自分たち」という言葉を代入しても、綺麗に意味が通ずる。 しかも、だ。 この歌に出てくる、目の前に広がる大空はと形容している。 丸いというモチーフはスピッツの歌詞でよく出てくるんだけど、このイメージは平たくいえば、起点も終わりもない繋がりを意味した言葉となる。 今いる自分と優しいあの子は、同じ円の中で結ばれた存在だからこそ、空は「丸い」のではないか? そんなことを思うのだ。 もちろん、本当の解釈は違うのかもしれないし、前提としてこの歌はドラマのために書き下ろされた歌なのだから、ドラマを無視した解釈は野暮なのかもしれない。 けれど、ドラマ主題歌でありながらも、自身のことを歌っているように感じる歌詞構築そのものに、僕はスピッツの真髄を見たし、単なるオーダーに応えただけのドラマ主題歌ではないからこそ、この歌には独特の魅力が満ち溢れているのだ。 星野源の「アイデア」なんかもそうだけど、本当に作家性のあるアーティストは、タイアップソングだからこそ、自身のアイデンティティに通ずるものを歌うことができる。 スピッツの「優しいあの子」にも同じものを感じたというわけだ。 スポンサーリンク サウンドの話 この歌は、メロディーやリズム割も面白い。 まず、この歌の構成をメロ部分とサビ部分の構成に分けるのだとしたら、メロ部分はギターもドラムも跳ねたリズムをキープしている。 ギターは音を鳴らした後にすぐにミュートして、「ちゃ、ちゃ、ちゃ、」という音を響かせる。 ドラムもそんなギターに合わせて、陽気にメロディーを奏でる。 で、一般的な楽曲ならこの陽気なリズムのままサビに突入しがちだが、スピッツはここでリズムパターン変える。 というか、人によっては「これ?サビじゃなくてBメロじゃね?」っていうくらい、さらっとサビに入る。 サビの最後に回収する「ルールールー」という言葉が、リズムが変わった始めからバックコーラスで流れているので、たぶんここからがサビなんだと思う。 言いたいのは、この捻くれっぷりの凄さである。 J-POPの基本としてあるのは、サビをいかに盛り上げるかである。 盛り上げ要素を強めるため、メロとサビの間にちょっとした間を作ったり、サビで一気に音圧を上げるパターンが常套句になっているなか、スピッツはそんなしゃらくせえ真似は一切しない。 たぶん、初めて聴いた時だと「え??サビどこ??」ってなるくらい、さらっとサビに突入して、さらっとサビが終わる。 普通のアーティストがこんなことやったら違和感まみれになる。 スピッツだからこそできる芸当だし、スピッツほどメロディーが洗練されているから聴けるものになっているのだと思う。 挙句、一番のキモとなるはずのサビのラストセンテンスでは、音数を減らすという構築までしているわけで。 NHKの連続テレビ小説の主題歌という、超大きな場で、こんな歌をさらっと作り、納品できるのはスピッツだけだと思う。 本当にすごい。 それを超える凄さの悪役 今回のスピッツのシングル、何が良いって、A面は「優しいあの子」という柔軟剤のような手触りの歌なのに、そのカップリングは「悪役」はタイトルもなかなか、激しくてヘビーというそのギャップ。 このシングルにスピッツの魅力の全てが詰まっていると言える所以は、そこなのである。 「悪役」は誰が聴いても、ヘビーでゴリゴリなサウンドである。 スピッツの場合、セルフでプロデュースすると、サウンドがゴリゴリになりがちなのだが、「悪役」も見事にそうなっている。 バンドとしてすっぴんのスピッツが、そこにある。 また、ドラムのスネアの打ち方にも味があって、途中までは一定間隔で音をうつのに、時たま、ダダダと連続して音をうつ 聴いてもらったらわかると思う。 こういうところにも、ロックな匂いを感じる。 なんとなくエロさを感じさせる歌詞も良い。 狙ったのか狙ってないのかはわからないが、「果実」とか「ぶち込んで」とか「キメる」 ここがカタカナ表記がすごく良い とか、どことなくエロさを感じさせる単語がいくつも登場していて、その塩梅が良いのだ。 あと、この歌の二人称は「君」なんだけど、その君に対してわりとドSな態度で示してくるのも良い。 君に問いかけるときの語尾が「ぜ」になっているところも、グッとくるのだ。 二つの楽曲の注目ポイント で、「悪役」を聴いて思ったのは、サビの「い」の音である。 「うれしい時も 悲しい時も」の「い」の音がすごく印象に残る。 また、「優しいあの子」でも「優しい」や「教えたい」という「い」の母音が印象に残る。 最近のロックバンドの歌はメロディーを詰め込みがちで、そのゆとりのなさこそが、この歌で言うところの「優しくない世界」に通ずる。 けれど、スピッツはそんな世界にNoを突き付けるがごとく、メロディーひとつひとつを綺麗に聴かせる。 その証拠に、ほとんどの言葉の母音を大切にして発音している。 だからこそ、「い」の音が、ここまで象徴的に残るのである。 音楽シーンだけでみても、今のシーンって生きにくい世界になっているんだけれど、それにただ絶望するだけでもないんだよという道を示しつつ、自分がシーンにおける「悪役」になって、リスナーという君をHAPPYな終わりに誘う。 そんなスピッツの心意気を、この2作を通じて感じたのだった。 まさしく、今のスピッツのモードが反映されたメッセージソングのように僕は思えたのだ。 まとめ とにかく言いたいのは、スピッツの今作には、スピッツの魅力が全て詰まっているということ。 そして、この2作を通じて聴けば、「みなと」以降のスピッツのメッセージが全て凝縮しているのだということ。 50歳を超えてもなお、爽やかさとダークさの両方に磨きをかけるスピッツ。 本当に尊い存在だと思う。 関連記事: 関連記事: スポンサーリンク.

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スピッツ「優しいあの子」歌詞の意味とは?ドラマ『なつぞら』主題歌

優しいあの子 歌詞

重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて めげずに歩いたその先に 知らなかった世界 氷を散らす風すら 味方にもできるんだな 切り取られることのない 丸い大空の色を 優しいあの子にも 教えたい ルルル・・・ 口にする度に泣けるほど 憧れて砕かれて 消えかけた火を 胸に抱き 辿り着いた コタン 芽吹きを待つ仲間が 麓にも生きていたんだなあ 寂しい夜温める古い許しの歌を 優しいあの子にも聴かせたい ルルル・・・ 怖がりで言いそびれた ありがとうの一言と 日なたでまた会えるなら 丸い大空の色を 優しいあの子にも教えたい スピッツ「優しいあの子」歌詞の意味考察 今回の曲は、スピッツらしいほんわかとした曲調と、その中に込められた「深く力強い信念」が印象的です。 スピッツファン歴20年、歌詞考察歴2年の私が、歌詞を考察していきます。 大空の色は誰にも奪うことができません。 綺麗な自然はいつも自分のそばにあるのです。 口にする度に泣けるほど 憧れて砕(くだ)かれて 消えかけた火を 胸に抱き 辿り着いた コタン コタンとはアイヌ語で「集落」という意味です。 険しい道が続いて諦めそうになることは、良くあることです。 諦めてしまった方が楽かもしれませんが、胸に灯った希望の光を抱き続け、進み続けるのです。 そうすれば、必ず夢は叶います。 芽吹きを待つ仲間が 麓(ふもと)にも生きていたんだなあ 寂しい夜温める古い許しの歌を 優しいあの子にも聴かせたい 辛いのはみんな一緒です。 辛いなら協力しあって生きていきましょう! 1人では何もできませんが、協力すればできることも広がります。 衝突を恐れず、励ましあえる仲間たちを探したいです。 怖がりで言いそびれた ありがとうの一言と 日なたでまた会えるなら 丸い大空の色を 優しいあの子にも教えたい 感謝の気持ち、反省の気持ちほど言うのをためらうものです。 でもその2つの言葉だけを言うことができれば、大概のことを乗り越えられます。 「ありがとう」と「ごめんね」 何があっても正しく優しい心で歩いていきましょう。 そうすればまた広がるほどの可能性を感じられる時がやってきます! そうですよね! PR なつぞら 朝ドラ「なつぞら」は、宮崎駿さんも慕った先輩、奥原玲子さんをモデルにした作品だと言われています。 これからなつはどのような道を乗り越え、アニメーターになっていくのでしょうか。 私はこのドラマですでに3回泣いてしまいました。 主人公のなつは、戦争孤児です。 なつは両親を亡くし、子どもたちだけで生き抜いてきました。 その後たどり着いたのが、藤木直人さん演じる柴田さんの家です。 兄の咲太郎は、立派な大人になるため、あえてなつと離れる運命を選びました。 様々な想いを胸に、なつは十勝にやってきたのです。 とても強いなつの愛溢れる日々が始まります。 スピッツ草野マサムネさんのコメント スピッツのbおーかる草野マサムネさんのコメントが、に掲載されていました。 草野マサムネ(スピッツ)コメント 記念すべき「朝ドラ」100作目、大好きだった「おしん」や「あまちゃん」のようにインストがいいのでは?とも考えましたが、今回は歌ありです。 ドラマタイトルが「なつぞら」なのに詞がかなり冬っぽい仕上がりになってます。 これには理由がありまして、お話を頂いてから何度か十勝を訪ねました。 そこで感じたのは季節が夏であっても、その夏に至るまでの長い冬を想わずにはいられないということ。 「なつぞら」は厳しい冬を経て、みんなで待ちに待った夏の空、という解釈です。 広く美しい北海道の空の力で書かせてもらいました! 「優しいあの子」は、北海道で書いたのですね。 実際に北海道・十勝を訪ね、その空気を肌で感じながら、「優しいあの子」は作られたのです。 そう考えると、その空気を味わいながら、聴いてみたいものです。 下記動画に十勝の雄大な自然が、写っていたので掲載させて頂きます。 この歌では、北海道ならではの苦しい寒さが一緒に語られているのです。 寒い寒い冬が長く続く北海道には、その土地にしかない文化があります。 夏になると、ひらけた大地いっぱいに木々や植物が生い茂ります。 その時に心地よさや高揚感は、東京に住んでいる私が味わったことのないほどの快感なのかもしれません。 「なつぞら」の主人公・なつ(東京の戦争孤児)にとって、十勝はまさにオアシスのような場所でした。 なつはそこで、どうして自分には家族がいないのと、わんわん泣きながら本心を叫びます。 なつの子ども時代を演じる粟野咲莉ちゃんは、現場でみんなから「小なつ」と呼ばれていました。 その旅の中で、家族とは何か、そして生きるとはどういうことなのか、学んでいくのではないでしょうか。 草野さんはきっとそういう思いを、この曲に込められたのではないかと思います。 スピッツ「優しいあの子」 スピッツの「優しいあの子」は、6月19日に発売されました。 「優しいあの子」は前作「みなと」、約3年2ヶ月ぶりのシングルだそうです! ファンとしてはやっと出たニューシングルです! 全部を聴ける日が待ち遠しいです。 スピッツ「優しいあの子」ラジオOA解禁 5月20日(月)午前7:30「優しいあの子」ラジオOA解禁されました。 早くもフル歌詞をアップする人が続出! 皆さん、待ちに待った解禁で、思い想いの感想を発信しています。 毎朝朝ドラ見てるから聞いてはいるけど、フルで聞くと改めて良さがわかるし、歌詞を見てると情景が浮かんでくる。 曲を聞いてて、スピッツファンでよかったと改めて思った。

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