お 坊さん に なるには。 お坊さん(僧侶)になるのはむずかしい?住職に詳しく聞いてみた!ウラ話あり

僧侶(住職・坊さん)になるための学校と学費(大学・専門学校・通信)

お 坊さん に なるには

お坊さんになるには何からすればいいの? お坊さんになる方法は、 各宗派によって違いがあるようです。 今回ご紹介するのは我が家の住職のケースになるのでご注意くださいね。 (宗派は天台宗になります) まずは師僧となる僧侶を探す お坊さんになるためにはまず、 師僧(師匠のこと)となる僧侶を探すことからです。 実父や親せきが僧侶である場合は、その方に師僧になってもらえればいいので問題ないのですが、一般の方が僧侶になりたいと思っても師僧となる方と何らかのかたちでご縁を持たなければそこから先へは進めません。 うちの場合は、夫の後見人だった方がたまたま上の位の僧侶と知り合いだったため、その方が師僧になってくださったそうです。 師僧となってくれる方が見つからない場合は 直接本山へ行き、僧侶になるためにはどうすればよいのかを聞くしかないのだとか。 まれに、ですが・・。 というのも、師僧という存在は弟子の 連帯保証人になるため、簡単には引き受けないのです。 どこの宗派にも必ず「懲罰委員会」というのがあって、自分の弟子が刑事事件などを起こし、公の場で裁かれることがあったとき、その 師僧は連帯保証人としてペナルティをうけることになるそうです。 なので、師僧が弟子になる人物を信頼できないかぎり師弟関係は結ばない、ということですね・・・。 我が家の住職も偶然の出来事がかさなって仏門に導かれていますので、その道が開かれるときにはトントンと進んでいくものなのでしょうね。 師僧が決まったあとは? 師僧が決まってはじめてお坊さんになる道が開けるんだということがわかりました。 次はいよいよ修行僧としてお寺に入るわけですが、簡単にいうとお坊さんの専門学校に入学するということになります。 寮に入って24時間その敷地にいる、というイメージ。 そして修行という形でお坊さんとしての教養を勉強していきます。 修行期間は宗派によって1年のところもあれば2年のところもあり、3年のところもあるみたいですね。 中には10日!?で基礎が学べるところもあるようですよ。 ただ、10日で学んだ事を自分で反復しながら自分のものにしていかなければならないので、数年修行してきた僧侶とはやはり違いが出るでしょうね。 お坊さんとして通用するかしないかは下地があるかないかも大事。 実家がお寺でいつもお経をきいて育った人とサラリーマンの家庭で育った人とは違いますよね。 例えば、実家がお寺で父である住職が突然亡くなったから後を継ぐために急いで僧侶にならなければならない、という方にとっては10日でお坊さんの基礎が学べることはありがたいことといえます。 でも実際のところ、修行しながらお坊さんの位をあげていき、修行後に僧侶としての道をしっかり切り開いていくほうがベストでしょう。 ちょっとしたウラバナシ 「 やっぱり厳しい修行についていけない・・」 そんな思いで途中でやめちゃう人がいるのかを聞いてみると、やっぱりひとりふたりはいるって。 まとめた荷物の上に「着払いでお願いします」と書かれてあるメモが置いてあり、本人はいなかった・・・ということがあったそうです。 そりゃついていけない人もいますよね。 どの世界においても、やってみて自分には向かないとわかることはありますから。 ピンキリ?? キリは教えてもらえなかったんですけど、ピンは200万~300万円とのこと。 なぜ金額が人によって違うのかというと、 お坊さんの位をあげる試験を受ける際にお金がいるそうです。 優秀であればあるほど上の位にチャレンジできるのでお金もかかる、ということですね。 今は少なくなったようですが、試験に落ちることもあるのだとか。 能力があってもそうじをサボったり日頃の行いが悪いと落とされることもあったそう。 義納金は、僧侶の位が高ければ高いほど収める金額も高いですし、所属しているお寺の規模によっても違うそうです。 位が高くお寺が大きければ大きいほど、義納金も高いです。 この他にも師僧へのお礼や衣装代などもかかります・・・。 お坊さんになるのもそう簡単なことではないですね。 プロになるには運も必要か 笑.

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お坊さんになるには : お坊さんになりたいと思っています。どうすればお坊さん

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禅宗においては、まずは参禅であると思います。 禅宗では己事究明が最も大切です。 己の一大事を明らめるのです。 僧侶の衣を着ることはその後であると、私は思っています。 出家をせずとも道を求めることは可能だからです。 形の上で出家をし、僧堂に入ると、僧侶の世界の専門スキルを学ぶことにばかり追われ、上下関係も大変厳しく、本分である参禅、己を明らかにする、サトリ、正智を求めることが疎かになってしまうからです。 何のために参禅をするのか? それは仏道の究極を学ぶためです。 自分が救われてもいないのに形の上で僧侶という姿をして説法することは大罪、人を魔導に導くことになり、中身のない布教になってしまうからですからです。 そのためには参禅を深め悟りを得られた師のもとでの参師聞法、工夫坐禅を両輪とし、己を明らかにする、悟りを求める事が先決です。 まずはあなたが心底、正師と崇められるような明眼の師を探し求めることからであると思います。 厳しいことを申し上げます訳は、安易に出家してしまったある方が生活をするために檀務、法務に追われるのみで、仏道の根幹を未だおろそかにされてしまっているからです。 80歳でエベレストに登頂される方がいるのですから、年齢は問題ではありません。 なる方法は宗派によって違いますのでそれぞれの宗務所(宗務庁)に問い合わせるのが手っ取り早いです。 また、道はかなり開かれていますのでガッツさえあれば誰でも資格を取ることはできます。 それよりなにより一番の問題は、「なぜ僧侶(お坊さん)になりたいか」です。 私は寺の生まれではありませんが出家得度して僧侶になりました。 その際、宗派内の面接で「寺の生まれでは無いが僧侶になりたい、といって出家する人が毎年大勢います。 そのうち実際に僧侶であり続ける人は2割くらいです」と言われました。 果たして、数年たって周りを見渡すとその数字の通りで、一緒に修行した仲間はみんな辞めてしましました。 その理由のほとんどが「生活できないから」です。 また、僧侶とは悩める人と常に向き合い続ける生活ですので、「人間が好き」でないと辛いと思います。 住職になるとお給料をいただけますが、それなりに狭き門です。 私は13年かかりました。 それまでは大きなお寺のお手伝いをしながら、あるいは兼業やアルバイトなどで生活することになります。 全国に何万という空き寺がありますが、生活できないから空き寺になっているのです。 夢の無い話ですみません。 私個人の意見ですが、せっかく僧階(そうかい:僧侶の資格)をとられるのなら、「僧侶であり続けて欲しい」と思います。 いくらお医者さんの資格をとっても実務を一切しなければ、医者という仕事のやりがいやダイナミズム、苦しみ、悩みを知ることができないのと同じです。 ひと口に「お坊さん」と言っても宗派が色々ありますし、国内の宗派だけでなく海外にも様々な仏教の流れがあります。 また、「お坊さん」と言っても、仏教が好きで得度(僧侶としての資格を得ること)したいという方、山寺の住職になって静かに過ごしたいという方、自分でお寺を興したいという方(私はコレです)、道は様々です。 得度に年齢制限があるのかどうか詳しく知りませんが、ただ修業が厳しい宗派ですと、やはり若いうちでないと厳しいでしょう。 marukoさんは40歳前ということですので、年齢的には問題はないと思います。 私の妻はもともと舞台役者ですが、お寺向けの芝居で宗祖・親鸞聖人の妻を演じるため40歳代で得度をしました。 hasunohaに、以前にこんな質問がありました。 「お坊さんに転職するには」 仙台の「みんなの寺」の奥さまは、こんな本を出していらっしゃいます。 あと、落語家で天台宗の尼さんになった方は、質問者さんのハンドルネームと同じ「まるこ」さんです。 「露の団姫(つゆのまるこ)」 maruko様 川口英俊でございます。 問いへの拙生のお答えとなります。 はじめに・・全くのゼロでは無いとは存じますが、ウィキペディアでの「僧」の定義上では、日本で「僧侶」は存在しないこととなっています。 このことに関しましては、浦上哲也様にもご紹介頂いております下記拙回答におきましても少しく扱わせては頂きました。 問い「お坊さんに転職するには」 では、ゼロでは無いにしても真なる僧侶が存在していないとされる日本の仏教は、一体何なのか、意味が無いのではないかと言われてしまうかもしれませんが、仏教の日本への伝播上における変遷過程、歴史的要因、社会的要請、社会的受容過程など、様々な複雑な事情も勘案した上にて、そこはもう少し柔軟に現実的な見方をしていく必要があるかとも存じております。 仏教は、何も特定の団体や個人のためのものではなく、全ての一切衆生のためのものであります。 何も僧侶だけが扱えるといった一段上にあるものでは全くありません。 重要となるのは、自分、そして一切衆生が、悟り・涅槃へと至れるための真摯なる取り組み、精進努力となります。 その上にて、出家者であろうが、在家者であろうが、仏法を扱う上において最も大切となるのが「菩提心」であると存じております。 「菩提心」を起こした上にて善徳行に励み、智慧の修習と慈悲による方便行を併せて進めることで、自利利他を円満に成就していくことが望まれることとなります。 このことにつきましては、下記問いにおいても扱わせて頂いております。 問い「お坊さんになるには修行がいりますか」 拙論「菩提心論」 maruko様におかれましても、是非、この機会に「菩提心」についてお考えになられた上にて、実際に仏道修行者としてこれから歩まれていかれるかどうかご判断をなさられてはどうであろうかと僭越ながらにも存じております。 拙生は、世襲におけるただの愚鈍なる世俗僧として日々猛省致しながら、何とか仏法を扱わせて頂けていることに誠に感謝を致しております。 川口英俊 合掌 marukoさん、こんにちは。 臨済宗の場合をお答えいたします。 そして、尼僧さんの修行道場へと詰めていただきます。 現在、日本には一つ・・だけだったと思います。 いきなり修行道場にはチョット・・という方は、「臨済宗黄檗宗女性禅学林」にて体験ができます。 ちなみに開催場所は、まさしく尼僧さんの修行道場内です。 (修行道場での生活については割愛いたします。 下記質問でも紹介しています) さて、なにごとも前と最中と後、が問題となるでしょう。 根本が、土台がしっかりしていないと大変です。 ロールモデルを見ておくというのは、目指す場所、こうありたい存在を見つめ直すことです。 浦上師の奥様、仙台の「みんなの寺」の奥さま、「露の団姫(つゆのまるこ)」など、知っておいて損は無い・・といっては何ですが・・。 結局は、『お坊さん:marukoさん』となるわけですが、この自分ってなんなの?と・・間違いなく心が揺れます。 そんなとき助けとなってくれるはずです。 貴方は貴方なのですが・・。 hasunohaにて、過去の類似質問です。 あなたは、悩みや相談ごとがあるとき、誰に話しますか? 友だち、同僚、先生、両親、インターネットの掲示板など相談する人や場所はたくさんあると思います。 そのひとつに、「お坊さん」を考えたことがなかったのであれば、ぜひ一度相談してみてください。 なぜなら、仏教は1,500年もの間、私たちの生活に溶け込んで受け継がれてきたものであり、僧侶であるお坊さんがその教えを伝えてきたからです。 心や体の悩み、恋愛や子育てについて、お金や出世とは、助け合う意味など、人生において誰もが考えることがらについて、いろんなお坊さんからの癒しや救いの言葉、たまに喝をいれるような回答を参考に、あなたの生き方をあなた自身で探してみてはいかがでしょうか。

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僧侶(お坊さん)になるには専門の大学に行かなくても大丈夫

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コツコツ努力できる人 僧侶は、コツコツ努力ができる人が向いています。 日常生活すべてが修行だと考えられているため、修行期間が終わってから寺院で働き始めても、お勤めや仏教の学びは毎日欠かせません。 定年を設けていない寺院もあり、一生涯かけて仏教の世界を極め、学び続ける姿勢を持てる人は僧侶にぴったりでしょう。 僧侶に必要なスキル・能力 人前で丁寧に話すことができる 僧侶にとって、人前で丁寧に話せることは大きな強みです。 説教の際は、専門的で難解な仏教用語をわかりやすい言葉に変えて、一般の人にも仏の教えをかみ砕いて伝えることが重要な仕事のひとつになります。 しかし人前で話すことやわかりやすく伝える能力は、仕事をしながら身についていくので、あまり心配する必要はありません。 忍耐力 僧侶はみな厳しい修行を経て職務につくため、修行に耐えられるだけの忍耐力が必要不可欠です。 僧侶になるための修行は肉体的なきつさだけでなく、俗世間と離れなければならないといった精神的な負担もあります。 またそれまでの生活様式と異なる場面が多いため、慣れるまでは大変かもしれません。 コミュニケーション能力 僧侶は、コミュニケーション能力も必要です。 法事などで悩みを打ち明けられたときにどんな人の話にも耳を傾け、親身になって対応できる力が求められます。 ときには理解しがたいことを言ってくる人もいるかもしれませんが、動じることなく相手の気持ちを受け止め、仏教の教えにのっとってアドバイスできる能力が必要となるでしょう。 僧侶に向いていないのはどんな人? 僧侶に向いていないのは、忍耐力が弱い人です。 とくに見習い期間は厳しい修行を乗り越えなければいけないため、強い忍耐力が求められるでしょう。 まずは朝早く始まる規則正しい生活など、僧侶の生活リズムや行動について理解を深めイメージしておくことで、修行が始まってからも違和感なく過ごせるはずです。 またコミュニケーション力や人の話を聞く力なども必要ですが、これらのスキルはたくさんの人と話すことで高めることができます。 苦手意識がある人は、まずは身近な人と話すことから始めるとよいでしょう。 聞き上手な人の受け答え方や、先輩が場面に合わせて仏の教えを引用する技術を観察し、自分なりにアレンジするのも効果的です。

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