須磨 品詞分解。 【最新】 天野 篤 須磨 久善

「源平の合戦」一の谷に散った笛の名手・平敦盛とは?美少年にはやはり悲劇が似合うのだ

須磨 品詞分解

スポンサーリンク 紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた 『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。 『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。 『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。 紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。 参考文献 『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)• 『源氏物語』の現代語訳:桐壺1(現在位置) [古文・原文] いづれの御時(おおんとき)にか、 女御・更衣(にょうご・こうい)あまた侍ひ給ひ(さぶらいたまい)けるなかに、 いとやむごとなき際(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。 はじめより我はと思ひ上がり給へる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉み(そねみ)給ふ。 同じほど、それより下臈(げろう)の更衣たちは、 まして安からず、朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ(はばからせ)給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。 上達部・上人(かんだちめ・うえびと)なども、 あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、 楊貴妃の例も、引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人の由(よし)あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえ花やかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後見(うしろみ)しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。 [現代語訳] どの帝の御世であったか、女御や更衣が大勢お仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではない方で、きわだって帝の寵愛を集めていらっしゃる人があった。 入内(じゅだい)した初めから、自分こそはと気位の高い女御の方々は、分不相応な者だと見くだしたり嫉んだりなさっている。 同じ身分やその方より低い身分の更衣たちは、女御たち以上に心が穏やかではない。 朝晩のお仕えにつけても、周囲に不快な思いをさせて、嫉妬を受けることが積もり積もったせいであろうか、ひどく病気がちになってしまい、どこか心細げにして里に下がっていることが多いのを、帝はますますこの上なく不憫なことだとお思いになられて、誰の非難(寵愛する妃の悪口)をもお構いなさることがなく、後世の語り草になりそうなほどの扱いようである。 上達部・殿上人なども、その状況を横目で見ていて、とても眩しくて見ていられないほどの御寵愛ぶりである。 中国の唐でも、このようなことが原因となって、国が乱れ、悪くなったのだと、次第に国中でも困ったことだと言われるようになり、人々が持て余す悩みごとの種となって、(玄宗皇帝を魅了した)楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになっていくので、非常にいたたまれないことが多くなっていくが、もったいないほどの帝のお気持ちに類例がないこと(自分を非常に大切にし愛してくれること)を頼みにして何とか宮仕え(後宮生活)をしていらっしゃるのである。 父親の大納言は亡くなって、母親の北の方が古い家柄の出身で教養のある趣味人なので、両親とも揃っていて、今現在の華やかな身分にある方々にも見劣りしない程度に、どのような儀式にも対処なさっていたが、これといったしっかりとした後見人(後ろ盾)がいないので、大事な儀式が行われる時には、やはり頼りとする人もなくて心細い様子である。 スポンサーリンク [古文・原文] 先の世にも御契り(おんちぎり)や深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子(おのこみこ)さへ生まれ給ひぬ。 いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌(おかたち)なり。 一の皇子(みこ)は右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲け(もうけ)の君と、世にもてかしづき聞(きこ)ゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざりければ、 おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物(わたくしもの)に思ほしかしづき給ふこと限りなし。 初めよりおしなべての上宮仕へし給ふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、上衆(じょうず)めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、 さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づ参う(まう)上らせ給ひ、ある時には大殿籠もり過ぐして、やがて侍らはせ給ひなど、あながちに御前(おまえ)去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれ給ひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この御子の居給ふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。 人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう、心苦しう思ひ聞えさせ給ひける。 かしこき御蔭をば頼み聞えながら、落としめ 疵(きず)を求め給ふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。 御局(おつぼね)は桐壺(きりつぼ)なり。 あまたの御方がたを過ぎさせ給ひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くし給ふも、げにことわりと見えたり。 参う上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿(わたどの)のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなき事もあり。 またある時には、え避らぬ馬道(めどう)の戸を鎖(さ)しこめ、こなたかなた心を合はせて、 はしたなめわづらはせ給ふ時も多かり。 事にふれて、数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿(こうりょうでん)にもとより侍ひ給ふ更衣の曹司(ぞうし)を他に移させたまひて、上局(うえつぼね)に賜はす(たまわす)。 その恨み、ましてやらむ方なし。 [現代語訳] 前世でも深いお約束(縁)があったのだろうか。 この世にまたとないほどに美しい玉のように光り輝く男の御子までがお生まれになった。 早く早くと待ち遠しくお思いになられて、急いで宮中に参内させて御子を御覧あそばすと、類稀な若宮のお顔だちの良さである。 第一皇子は、右大臣の娘の女御がお生みになった方で、後見がしっかりとしていて、当然のように皇太子になられる君だと、世間も大切に存じ上げているのだが、この御子の輝くばかりの美しさとは比べようもなかったので、一通りの形ばかりのご寵愛であって、この若宮の方を、自分の思いのままに可愛がられて、大切にあそばされていることはこの上もない。 母君は本来であれば、女房並みに帝のお側御用をなさらねばならない身分ではなかったのである。 誰からも身分を尊重され、上流貴族としての気品・風格もあったが、帝がむやみにお側近くに引き留められたために、相当な管弦のお遊びがある時、それ以外のどのような行事でも、趣きのある催しがある度ごとに、まっさきに参上させられてしまう。 場合によっては、夜遅くまで一緒に過ごして寝過ごしてしまわれた時でも、昼間もそのままお側近くに置いておかれるなど、無理やりに帝が御前から離さずにお扱いあそばされているうちに、いつしか身分の低い女房のようにも見えたのだが、この御子がお生まれになって後は、特別に大切にお考えになられるようになったので、東宮(皇太子)にももしかしたら、この御子がおなりになるのかもしれないと、第一皇子の母の女御はお疑いになっていた。 この女御は誰よりも先に御入内なされて、その家柄の良さゆえに帝が大切に扱われていることは並々のことではなく、皇女たちなども産んでいらっしゃるので、この御方の諫言だけは、さすがに無視できないことだと、面倒に煩わしくお思いになっているのであった。 更衣は恐れ多い御庇護をお頼り申しあげてはいるものの、軽蔑したり落度を探したりされる方々は多く、ご自身は病弱でその寿命がいつとも知れぬご様子で、なまじ御寵愛を得たばかりにしなくてもよい悩みを抱えておられる。 住んでいる御殿は桐壺である。 大勢のお妃方の前を帝は素通りあそばされて、ひっきりなしの素通りを繰り返されるので、お妃方が思い悩んでおられるのも、なるほどもっともなことである。 参上なさる場合にも、あまりにその更衣の参上ばかりが度重なる時(更衣だけが帝に寵愛を受けている時)には、打橋や渡殿のあちらこちらの通路に、悪意のある仕掛けを施して、送り迎えする女房の着物の裾がひっかかって傷んでしまうことがある。 またある時には、どうしても通らなければならない馬道の戸を締めて通れないようにし、こちら側とあちら側とで示し合わせて、どうにもならないようにして更衣を困らせることも多かった。 何かにつけて、数え切れないほどにつらいことばかりが増えていくので、すっかり悩み込んでいるのを、帝はますますお気の毒にお思いになられて、後凉殿に以前から控えていらっしゃった方々(意地悪をしていた方々)の部屋を他に移させて、上局(桐壺の更衣専用の休憩所)としてお与えになられた。 その恨みは(他に移された更衣たちの恨みは)、なおさら晴らしようがないほどに強くなった。 楽天AD [古文・原文] この御子三つになり給ふ年、御袴着(おはかまぎ)のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮・納殿(くらつかさ・おさめどの)の物を尽くして、いみじうせさせ給ふ。 それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよずけもておはする御容貌(おかたち)心ばへありがたくめづらしきまで見え給ふを、え嫉み(そねみ)あへ給はず。 ものの心知り給ふ人は、かかる人も世に出でおはするものなりけりと、あさましきまで目をおどろかし給ふ。 [現代語訳] この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式が行われたが、一宮がお召しになったのに劣らないほど内蔵寮・納殿の御物を派手に使って、とても盛大に執り行われた。 そのことについても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なされていかれると、そのお顔だちやご性格が世間に類がないほどに素晴らしいので、憎むことがなかなかできない。 物事の情趣を弁えた有識者たちは、このような素晴らしい完璧な方が、この世に生まれてくることがあるものなんだなと、驚き呆れたご様子で目を見張っていらっしゃる。

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「源氏物語:須磨の秋・心づくしの秋風〜前編〜」の現代語訳(口語訳)

須磨 品詞分解

「源氏物語:須磨の秋・心づくしの秋風〜前編〜」の現代語訳(口語訳) 葵 あおいの上 うえの死後、光源氏 ひかるげんじは成長した若紫 わかむらさきと結婚し、若紫は紫 むらさきの上 うえと呼ばれるようになる。 しかし、光源氏をめぐる状況は厳しく、桐壺 きりつぼの院 いんの崩御 ほうぎょにより政情が一変すると、帝 みかど(後の朱雀院 すざくいん)を擁する弘徽殿 こきでんの大后 おおきさきとその父右大臣が権勢をふるうようになり、藤壺 ふじつぼの宮も出家した。 光源氏は、宮仕えの予定されている右大臣の六の君(朧月夜 おぼろづきよの尚侍 ないしのかみ)とふと巡り合い、逢瀬 おうせを重ねるうちに右大臣に気づかれ、ついに官位を取り上げられた。 謀反の罪をかぶせられることを恐れた光源氏は、都を離れて須磨で謹慎の生活を送ることにする。 須磨では、いっそう物思いを誘う秋風によって、海は少し遠いけれども、行平の中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだという浦風に砕ける波の音が、なるほど(行平が詠んだとおり)夜ごとにすぐ近くに聞こえて、またとなくしみじみと心にしみるものは、こういう土地の秋なのであった。 御前 おまへにいと人少 ずくなにて、うち休みわたれるに、独り目をさまして、枕をそばだてて四方 よもの嵐を聞き給 たまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえぬに枕浮くばかりになりにけり。 御前に(お仕えする)人も本当に少なくて、(その供人たちも)みな寝静まっている時に、(光源氏は)ひとり目を覚まして、枕を立てて顔を持ち上げ(耳を澄ませて)、四方の(激しい)嵐の音をお聞きになっていると、波がただもうすぐそばまで打ち寄せてくるような心持ちがして、涙がこぼれているとも気がつかないのに、(涙のために)枕が浮くほどになってしまうのだった。 琴 きんを少し掻 かき鳴らし給へるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、 琴を少しかき鳴らしなさったが(その音が)、我ながらとてももの寂しく聞こえるので、途中で弾くのをおやめになって、 光源氏 恋ひわびてなく音 ねにまがふ浦波は思ふかたより風や吹くらむ 恋しさに堪えかねて泣く声によく似ている浦波の音は、私のことを恋しく思っている人たちのいる都の方角から風が吹いてくるから(そのように聞こえるの)であろうか。 とうたひ給へるに、人々おどろきて、めでたうおぼゆるに忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。 とお歌いになっていると、供人たちは目覚めて、すばらしい(お声)と思うにつけても(悲しさや寂しさを)こらえきれず、わけもなく起き直っては、(涙に詰まる)鼻をおのおのそっとかむのである。 出典 須磨 すまの秋 参考 「精選古典B(古文編)」東京書籍 「教科書ガイド精選古典B(古文編)東京書籍版 2部」あすとろ出版.

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源氏物語「須磨の秋/心づくしの秋風」(須磨)1/2 問題

須磨 品詞分解

『須磨・心づくしの秋風』 「黒=原文」・ 「赤=解説」・「 青=現代語訳」 須磨 =名詞 に =格助詞 は =係助詞 いとど =副詞、いよいよ、ますます。 その上さらに 心づくし =名詞、深く気をもむこと、さまざまに思い悩むこと の =格助詞 秋風 =名詞 に =格助詞 海 =名詞 は =係助詞 少し =副詞 遠けれ =ク活用の形容詞「遠し」の已然形 ど =逆接の接続助詞、活用語の已然形につく 須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、 須磨では、ますます物思いを誘う秋風のために、海は少し遠いけれども、 行平 =名詞 の =格助詞 中納言 =名詞 の =格助詞 関 =名詞 吹き越ゆる =ヤ行下二段動詞「吹き越ゆ」の連体形 と =格助詞 言ひ =ハ行四段動詞「言ふ」の連用形 けむ =過去の伝聞の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。 基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」 浦波 =名詞 夜々 =名詞。 掛詞、「夜」と浦波が「寄る」という意味に掛けられている。 は =係助詞 げに (実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。 本当に いと =副詞 近く =ク活用の形容詞「近し」の連用形 聞こえ =ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形 て =接続助詞 行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、 行平の中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだとかいう浦波が、夜ごとに実にすぐ近くに聞こえて、 またなく =ク活用の形容詞「またなし」の連用形、またとない、二つとない あはれなる =ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形。 「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。 しみじみと思う、しみじみとした情趣がある もの =名詞 は =係助詞 かかる =連体詞、あるいはラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう 所 =名詞 の =格助詞 秋 =名詞 なり =断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 けり =詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。 またとなくしみじみと心にしみて感じられるものは、こういう土地の秋なのであった。 御前 (おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。 に =格助詞 いと =副詞 人少なに =ナリ活用の形容動詞「人少ななり」の連用形 て =接続助詞 うち休み =マ行四段動詞「うち休む」の連用形 わたれ =補助動詞ラ行四段「わたる」の已然形、一面に~する、全員~する。 ~し続ける、絶えず~する る =存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 に =格助詞 一人 =名詞 目 =名詞 を =格助詞 覚まし =サ行四段動詞「覚ます」の連用形 て =接続助詞 御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、 御前に(お仕えする)人もたいそう少なくて、(その人たちも)全員眠っている時に、一人目を覚まして、 枕 =名詞 を =格助詞 そばだて =タ行下二段動詞「そばだつ」の連用形 て =接続助詞 四方 =名詞 の =格助詞 嵐 =名詞 を =格助詞 聞き =カ行四段動詞「聞く」の連用形 給ふ =補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。 動作の主体である光源氏を敬っている。 に =接続助詞 波 =名詞 ただ =副詞 ここもと =代名詞、この近く、すぐそば に =格助詞 立ち来る =カ変動詞「立ち来(たちく)」の連体形 心地し =サ変動詞「心地す」の連用形 て =接続助詞 枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波ただここもとに立ち来る心地して、 枕を立てて頭を高くして、四方の激しい嵐の音をお聞きになると、波がすぐそばまで打ち寄せてくるような気がして、 涙 =名詞 落つ =タ行上二段動詞「落つ」の終止形 と =格助詞 も =係助詞 おぼえ =ヤ行下二の動詞「覚ゆ」の未然形。 「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「可能」の意味で使われている。 ぬ =打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形 に =接続助詞 枕 =名詞 浮く =カ行四段動詞「浮く」の連体形 ばかり =副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。 (限定)~だけ。 に =格助詞 なり =ラ行四段動詞「成る」の連用形 に =完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形 けり =過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形 涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。 涙が落ちたとも気が付かないのに、(涙で)枕が浮くほどになってしまった。 琴 =名詞 を =格助詞 少し =副詞 かき鳴らし =サ行四段動詞「かき鳴らす」の連用形 給へ =補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体である光源氏を敬っている。 る =完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。 直後に「音」が省略されているため連体形となっている。 もの寂しい、おそろしい、恐ろしいぐらい優れている 聞こゆれ =ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の已然形。 「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。 琴をすこしかき鳴らし給へるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、 琴を少しかき鳴らしなさった音が、我ながらひどく物寂しく聞こえるので、 弾きさし =サ行四段動詞「弾き止す」の連用形。 「止す(さす)」は接尾語、~しかける、途中でやめる、と言った意味がある 給ひ =補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。 動作の主体である光源氏を敬っている。 て =接続助詞 弾きさし給ひて、 途中で引くのをおやめになって、 恋ひわび =バ行上二動詞「恋ひ侘ぶ」の連用形、恋に思い悩む、恋しんでつらく思う「侘ぶ(わぶ)」=つらく思う、困る て =接続助詞 泣く =カ行四段動詞「泣く」の連体形 音 =名詞 に =格助詞 まがふ =ハ行四段動詞「紛ふ」の連体形、似通っている。 入り混じって区別ができない。 浦波 =名詞 は =係助詞 思ふ =ハ行四段動詞「思ふ」の連体形 方 =名詞 より =格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや 風 =名詞 や =疑問の係助詞、結びは連体形となる。 係り結び。 吹く =カ行四段動詞「吹く」の終止形 らむ =現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 係助詞「や」を受けて連体形となっている。 係り結び。 恋ひわびて 泣く音にまがふ 浦波は 思ふ方より 風や吹くらむ 恋しさにつらく思って泣く声に似通って聞こえる浦波の音は、私が恋しく思う人たちのいる(都の)方角から風が吹いてくるためだからであろうか。 と =格助詞 歌ひ =ハ行四段動詞「歌ふ」の連用形 給へ =補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。 動作の主体である光源氏を敬っている。 る =存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 に =接続助詞 人々 =名詞 おどろき =カ行四段動詞「おどろく」の連用形、目を覚ます、起きる。 はっと気づく て =接続助詞 めでたう =ク活用の形容詞「めでたし」の連用形が音便化したもの、みごとだ、すばらしい。 魅力的だ、心惹かれる。 おぼゆる =ヤ行下二段動詞「覚ゆ」の連体形。 「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。 に =接続助詞 忍ば =バ行四段動詞「忍ぶ」の未然形、我慢する、こらえる。 人目を忍ぶ、目立たない姿になる れ =可能の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。 「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味がある。 平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられた。 平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。 鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。 で =打消の接続助詞、接続は未然形。 と歌ひ給へるに、人々おどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、 とお歌いになっていると、人々は目を覚まして、すばらしいと感じられるのにつけても、こらえられず、 あいなう =ク活用の形容詞「あいなし」の連用形が音便化したもの、わけもなく。 つまらない。 気に食わない。 鼻 =名詞 を =格助詞 忍びやかに =ナリ活用の形容詞「忍びやかなり」の連用形、ひそかに、そっと、人目を忍ぶ様子だ かみわたす =サ行四段動詞「かみわたす」の終止形 わたす=補助動詞サ行四段、各々が~する。 一面に~する。 ずっと~する。 あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。 わけもなく起き上がっては、人目を忍んで鼻を各々かむのである。 続きはこちら lscholar.

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