小柳ルミ子 昔。 小柳ルミ子画像 懐かしのアイドル画像大全集

小柳ルミ子画像 懐かしのアイドル画像大全集

小柳ルミ子 昔

2020年1月の小柳ルミ子は顔が変わった! 小柳ルミ子さん、2020年1月下旬に、髪型をショートカットにしています。 この写真を見たところ、私が知っている小柳ルミ子さんの顔とあまりに違うので、正直いって 「この人、誰?だろう」 と思いました。 Twitterでも、小柳ルミ子さんの顔について話題になっています。 私のイメージしている小柳ルミ子さんは、こういう感じ。 キツネ目の華やかなお顔立ち。 2010年の前にも顔が変わっている可能性はあります。 【2011年】 この頃も、まだ小柳ルミ子さんのイメージどおり。 2012~2016年頃 涼し気な顔になったのはアイメイク?整形? 【2012年】 小柳ルミ子さん、60歳。 全体に涼し気な顔になり、目が大きくなっていますよね。 目だけなら、アイメイクで変わることもあると思うのですが、全体に雰囲気が違うような感じもするので、整形なのでしょうか? 【2013年】 全体のイメージが、 すっきりしていますね。 マダム風の 洋服とメイクのせいなのかどうかは、よくわかりません。 【2014年】 ここ数年はすっきりした感じで定着。 【2015年】 このあたりも、あまり変化は感じないですね。 舞台メイクやバッチリメイクのだけでなく、ナチュラルメイクの画像も載せています。 写真の移り具合かもしれないですが、小柳ルミ子さんっぽくないですね。 【2016年】 小柳ルミ子さんらしい、きれいなお顔立ち。 これで60代前半とは若すぎますね。 2017~2018年頃 加工された画像が増える! 【2017年】 小柳ルミ子さんは、この年の1月からスマホを使い始めて、写真加工アプリで編集しているな、という写真が出てきました。 4月25日の画像。 こちらは今までの小柳ルミ子さんのイメージ。 6月28日の画像。 目が大きくてフェイスラインも細く、別人のようですが、写真の加工だけが原因なのでしょうか? 当時、Twitterでも話題になっていました。 毎回アプリで加工しているのか、それとも整形でしょうか? この画像には若干の小柳ルミ子さんを感じます。 この画像は、小柳ルミ子さんを全く感じないです。 ブログには、こういった 別人のような画像がほとんどになりました。 2018年は大河ドラマ「西郷どん」に出演していましたが、上の写真のようではなかったです。 (由羅様という怖い女性役で、まゆげがないメイクではあったのですが) だから、 2018年頃のブログ画像は、整形でなければ、ほとんどアプリで加工しているでしょう。 2019年 まるで別人のブログを見ているように! 2019年になると、もう 私のイメージする小柳ルミ子さんは、どの画像にも感じられないです。 ブログ開設時の10年前に比べると、若返ったという気もしますが、もはや 別人のブログを見ている感。 この時はまだショートヘアにしていませんが、 明らかに顔が変わっていると思います。 ちなみに、小柳ルミ子さんはコスメフリークだそうで、メイク前とメイク後は全然違いますね。 メイクの腕前は達人レベルだと思います! 2010年と2020年の比較 改めて【2010年】の小柳ルミ子さんの画像。 そして、現在【2020年】2月の小柳ルミ子さん。 こちらもバッチリメイクですが、 2010年と比べると 目元と鼻が全く違う印象です! この画像だけ見て、小柳ルミ子さんとわかる人は少ないのではないでしょうか。 昔からの知り合いとか、一緒にお仕事する方が、現在の小柳ルミ子さんの顔を見て戸惑わないかが心配です。 スポンサードリンク 【結論】小柳ルミ子の顔は加工?それとも整形か? 小柳ルミ子さんのブログにある昔の画像と現在を比較すると、 かなり顔が変わったというのが率直な感想です。 ブログ開設時の 2010年と2020年現在との比較では、目元と鼻が全然違っていますし、 メイクや画像の加工だけでは、これほど変わらないと思います。 2017年には、Twitterでも「顔が変わった」と話題になっていました。 2018年に大河ドラマ「西郷どん」に出演されていたので、前の年にメンテンナンスしたのでしょうか? 2018~2019年頃にはブログ画像のすべてが、全く別人のようなので、 整形の疑惑は残ってしまいますね! 小さな変化としては、2012年頃にも、顔が変わっていると思います。 他に顔が変わった理由として考えられることは、• 小柳ルミ子さんのメイクの腕前が達人レベルなので、別人のように見える• スマホの写真加工アプリを使いこなしている• ブログ開設から10年という月日が経っている という可能性もあると思います。 まとめ 歌手・女優の小柳ルミ子さんは、ブログを10年続けていますが、昔と比較すると、少しずつ顔が変わったような気がします。 ブログ開設時の2010年と2020年現在では、目元と鼻が全然違うので、「別人のブログを見ているみたい」と感じました。 写真加工アプリや、メイクで顔が変わった可能性もありそうですし、整形の疑惑も消せないのではないでしょうか。 小柳ルミ子さんはサービス心旺盛で、いつも人を楽しませてくれる方だと思うので、これからもいろいろな変化を見せてほしいと思います!.

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小柳ルミ子の旦那はテレビから消えた!昔は前代未聞の宝塚卒業生?

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小柳ルミ子の若い頃画像 小柳ルミ子さんは、1952年7月2日福岡県福岡市早良区で生まれました。 小柳ルミ子さんの母親は小さい頃から娘を歌手にさせたいという夢をもっており その期待から日本武芸・クラシックバレエ・ジャスダンスやタップダンスなど計8つも習い事に通っていたんですよ。 そして中学卒業後、小柳ルミ子さんはその期待からか宝塚音楽学校に入学し それ以降毎日朝9時~夜10時までと寮の門限すれすれまで学ぶという多忙な年月を過ごしていったんです。 ここで生涯の友人となる当時先輩の梓みちよさんと出会い在学中に歌手になりたいと打ち明けました。 ちなみ歌手として所属を希望したのが渡辺プロダクションであり、 渡辺プロ側も「宝塚学校を首席で卒業したら歌手としてデビューさせてあげる。 」と回答したんですよ。 なんと、小柳ルミ子さんはその言葉通り1970年(昭45年)に宝塚音楽学校を首席で卒業したんですよ、すごすぎますね! ちなみに、歌手デビューは約束されたのですが、せめて宝塚女優として初舞台は踏みなさいと言われ、 そのまま「夏川るみ」という芸名で宝塚歌劇団に約2か月間入団しました。 その後は退団し、そのまま歌手という職業につきます。 当時、宝塚歌劇団で活躍していた若い頃の小柳ルミ子さんの画像をのせておりますのでご覧ください。 女優&歌手デビュー! 小柳ルミ子の若い頃画像 宝塚歌劇団を退団した年、歌手デビュー前に顔を売る為NHK連続テレビ小説「虹」で女優として芸能界にデビューした小柳ルミ子さん、 翌年にはワーナー・ブラザーズ・パイオニアの邦楽部門初の歌手として契約したんです。 そして作曲家である平尾昌晃さんプロデュースの元「わたしの城下町」で歌手デビューを果たしました。 なんとこのレコード・・160万枚の大ヒットとなり、さらにオリコン年間シングル売上チャートで第一位を記録し その結果第13回日本レコード大賞最優秀新人賞をも獲得したんですよ。 芸能界デビューしたての小柳ルミ子さんの画像を載せておりますがめちゃくちゃ綺麗ですね。 1970年代前半を代表するアイドル時代! 小柳ルミ子の若い頃画像 女優・歌手として芸能界デビューを果たした小柳ルミ子さん。 若い頃から美しすぎる容姿、そしてすばらしい歌唱力を持ち合わせていたのですぐさま話題となり、 当時同じく人気があった天地真理さん・南沙織さんと共に「三人娘」と呼ばれる1970年前半を代表するアイドルになったんです。 ちなみに1972年(昭和47年)にリリースした「瀬戸の花嫁」という楽曲は、第3回日本歌謡賞を受賞したのでした。 若い頃から宝塚学校で学び首席として卒業した小柳ルミ子さん、さすがですね! ここでは、三人娘と呼ばれていたアイドル時代の小柳ルミ子さんの画像を載せておりますが 三人ともめちゃくちゃかわいい、こんな綺麗で可愛い三人組がいたなんてびっくりです! 小柳ルミ子の若い頃画像 アイドル路線で歌手活動をしていた小柳ルミ子さんなのですが1970年代後半~1980年前半に入ってからは、 持ち前の歌唱力を生かし正統派歌手として活動を開始するためアイドルというジャンルを卒業しました。 「冬の駅」「星の砂」「お久しぶりね」など正統派歌手として活動しはじめてすぐヒット曲を飛ばしました。 当時歌手してどのくらい活躍していたかをご紹介しておくとなんとデビューしてから1988年まで NHK紅白歌合戦に18年連続出場という実績を残すくらいなんですよ!すごいですよね。 ここでは、正統派歌手の小柳ルミ子さんの画像を載せておりますが たしかにアイドル時代と比べると雰囲気が違いますね、どこかクールな感じがしませんか? 現在までの活躍とは! 小柳ルミ子の若い頃画像 若い頃から宝塚に歌手・女優と様々な分野で活躍してきている小柳ルミ子さん。 2010年には芸能生活40周年記念パーティー(誕生日会を含め)を開催し親友や芸能関係者など なんと700人が集まるくらい盛大に行われたんですよ。 小柳ルミ子さんがどのくらい周りから愛されているかが分かりますよね。 また2014年には大人の女性が身に着けるのに相応しいエレガントで華やかなハイジュエリーを企画した ブランド「dancequeen」をプロデュースして販売するなど、芸能界とはまた違った分野でも活躍しているんですよ。 現在活躍する小柳ルミ子さんの画像を載せておりますがやはり若い頃から変わらない美しさです。 まとめ 今回は、小柳ルミ子さんについて若い頃に活躍していた宝塚歌劇団時代から現在までの画像を交えながら 振り返っていきましたがいかがでしたでしょうか。 こうやってふりえっていくと本当に小柳ルミ子さんは様々な場所で活躍してきたことがわかりますよね。 そして本当に若い頃から現在までうつくしさは一切衰えていないとこもすごいです。

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小柳ルミ子画像 懐かしのアイドル画像大全集

小柳ルミ子 昔

来歴 [ ] 宝塚歌劇団時代 [ ] を卒業後、に入学。 以後の2年間は朝9時より夜10時過ぎまで学び、寮の門限である11時スレスレに帰宅する多忙な年月を過ごす。 友人が宝塚音楽学校の先輩にあたるの知り合いであったことから、その口利きでに歌手になりたいと願い出る。 渡辺プロダクションによる「宝塚を首席で卒業したら歌手にしてあげる」との回答に応え、見事、(45年)に宝塚音楽学校を首席 で卒業。 には元専科の、女優の、らがいる。 歌手デビューが約束されていたが、初舞台だけは踏みなさいと言われ、そのまま「夏川るみ」の名でに入団し、2か月で退団した。 歌手デビューを当初から念頭に置いていた小柳にとって、宝塚歌劇団は歌や演技の鍛錬を積むためのいわゆる腰掛けであった。 アイドル時代 [ ] 退団した同年の、歌手デビューの前に顔を売るために『』でとしてデビュー。 翌(昭和46年)にはの邦楽部門初の歌手として契約。 作曲家・のにより「」で歌手デビューし、160万枚 の大ヒットとなる。 同曲は1971年の年間シングル売上チャートで第1位を記録し、また最優秀新人賞も獲得した。 その後も翌(昭和47年)にリリースした「」が大ヒットし、同年の第3回を受賞。 ほか「」「」「」 などもヒット曲となった。 ・らとともに当時「」と呼ばれ(後年には「」とも称される)、前半を代表するとなった。 アイドル卒業後 [ ] アイドルのを卒業した後半から前半にかけては、持ち前の歌唱力を活かした正統派歌手として「」「」「」「」「」など、数々のヒット曲を飛ばした。 その一方で「」をはじめとする数曲の売り出し方を大きく失敗しヒットを逃した名曲も多かったが、コンスタントにヒット曲をだしたという、その軌跡として、デビューの1971年(昭和46年)から(昭和63年)まで、『』に18年連続で出場するという実績を残している。 さらに女優としても活躍し、(昭和57年)には『』で助演女優賞と第6回最優秀助演女優賞、続く(昭和58年)には『』での迫真の演技で第7回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど高い評価を受ける。 のコント番組でも存在感を発揮し、系の公開バラエティ番組『』ではゲストとしての最多出演記録を誇った。 ナベプロ独立後 [ ] こうして芸能活動は順風満帆であるように見受けられたが、やを志向していた小柳と渡辺プロダクションの間にはもともと意見の相違があった。 待遇面の不満も募ったことから独立すると、当時のナベプロに妨害されて仕事を干されるといった辛酸を舐める。 (元年)に13歳年下の無名のであったと電撃結婚するが、(平成12年)には離婚に至った(詳しくは )。 (平成14年)、歌手名を rumicoに、女優名を 小柳ルミ子として活動すると発表する。 同年にリリースされたのシングル「夜桜挽花」とアルバム『彩 -AYA-』のトータルプロデュースも手がけた。 (平成19年)7月22日、27歳年下の俳優・との婚約を発表するが、入籍直前に婚約解消。 (平成22年)7月2日には芸能生活40周年記念と誕生日記念を兼ねたパーティーが盛大に開催された。 各界に人脈を持ち交友関係が幅広い小柳のもとに、友人である芸能人や関係者が700人集まった。 エピソード [ ] 女優業 [ ] (平成6年)、日本テレビ系連続ドラマ『』に演じる主人公・相沢すずを執拗に苛める伯母・園田京子役で出演(ドラマでは序盤の3週のみ出演。 同年12月公開の映画版にも登場)、小柳本人にとっては初の苛め役であった。 インタビューでは「絶対に弱みを見せないで頑張りましたね」と安達を評価したこともある。 (平成12年)、日本テレビ系列にて主演で放送されていた連続ドラマ『』では、主要キャストとして出演していたが息子の不祥事の心労から降板したことを受け、急遽、三田とも親しい小柳に代役として白羽の矢が立てられた。 大澄賢也との夫婦生活 [ ] との結婚後は夫婦でのテレビ出演やステージを精力的に行い、芸能界のとも呼ばれたものの、夫婦生活は約12年で破綻。 離婚する条件として大澄に対して「高額(1億円)の慰謝料を支払うこと」、そうでなければ「以前の無名のバックダンサーに戻ること」のどちらかの二者択一を迫っていたことが明らかになった。 石橋正高との婚約 [ ] とは、婚約の前年であるに亡くなった小柳の母の喪が明けてから籍を入れる予定であった。 しかし入籍直前、石橋に対して結婚への疑問を抱き始めたことから、石橋との同居および婚約を解消する。 「甘えられることに疲れた」と話しているが、実際には交際が世に知れ渡る1か月前には破局していたとのことである。 人物 [ ] に進学したりになったりしたことは、すべて小柳の母の影響であったという。 小柳の母は娘・ルミ子の人生に非常に大きな影響を及ぼした。 幼少期は、娘を歌手にさせたかった母の期待を受け、・・・・ピアノ・三味線・習字・歌という計8つの習い事に通っていた。 「」や「」が大ヒットしていた頃、小柳は「清純派の歌が上手なアイドル歌手」としてもてはやされていたが、本人は自分が「清純派」として見られることには抵抗を感じていた。 同年代のアイドルだったとは、所属事務所が同じだったこともあり、なにかと比較されることが多かった。 当時は天地・小柳・の3人が「3人娘」として一世を風靡したが、小柳は「3人娘」の中でも特に人気が高かった天地に対して激しい嫉妬を感じていたという。 シングルレコードのジャケット写真の撮影でも、天地の衣装はまるでのような豪華な衣装であったのに対し、小柳の衣装は自分の私服だった。 数十年後に放送されたテレビ特番では、これらの不満を小柳が天地に告白する場面も見受けられた。 を得意にしており、系の番組『』では、、、といった実力派を相手にをしたことがある。 「東」「南」「西」は小柳がして「北」の単騎待ち状態だったが、その前に「北」が既に2枚捨てられ、残り1枚という厳しい状況だった。 かねてより好きを公言している。 には「大人の女性が身に着けるに相応しい華やかでエレガントなハイジュエリー」をコンセプトとした本人企画・デザインのジュエリーブランド『DANCING QUEEN』をプロデュース。 ので販売している。 特に新作が発表される放送日には小柳本人が生出演し、モデルを買って出て実際に商品を身に着け、デザインのこだわりを解説している。 又従兄弟にはとして福岡で活躍中のリリー・チャンがいる。 代表・に魅了されて以来、筋金入りのファンとなり、年間2000試合を超える観戦を行っている。 書き留めた観戦ノートは100冊以上に上る。 日本代表・との対談では「スカウティング担当としてきて欲しい」と言わしめた。 サッカーのテレビ観戦のため睡眠時間は1時間半だという。 宝塚歌劇団の後輩であるとはプライベートでも互いに仲が良い [ ]。 03 琥珀の風 53 3月2日 01 やさしくして なかにし礼 平尾昌晃 若草恵 CRCN-1526 02 遠い母への子守唄 54 3月7日 01 アカシヤの大連 なかにし礼 平尾昌晃 若草恵 CRCN-1598 02 故郷ありてこそ 55 2012年 12月5日 01 青林檎 平尾昌晃 若草恵 CRCN-1661 02 瀬戸の花嫁 (ニューバージョン) 山上路夫 平尾昌晃 56 3月5日 01 愛のせいで… CRCN-1772 02 日々の泡 その他のシングル 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品盤 - 6月 しあわせの輪をひろげよう PR-1001 - 2月26日 お久しぶりね 〜rockin'rumiko mix〜 R-0320052 アルバム [ ] オリジナル・アルバム [ ]• 私の十二曲 小柳ルミ子 日本抒情歌集(L-6018R) (1971. 25)• 愛のカフェテラス・お祭りの夜 美しい娘ふたり/辺見マリ 小柳ルミ子の世界 (L-6027P) (1971. 10)• お祭りの夜 ふるさと日本の唄・小柳ルミ子(L-6032R) (1971. 25)• 京のにわか雨 はるかなるこころのふるさと SOFTLY RUMIKO KOYANAGI(L-8012R) (1972. 25 絵葉書にもつかえるルミ子のカラーポート 全十二枚付)• 小柳ルミ子のすべて 忘れかけていた心の歌 ALL ABOOUT RUMIKO KOYANAGI(L-5501~2R)(1972. 25 「クリスマス・ソング」「春の唄」「詩・朗読」17センチLP・カラー・レコード 付 カレンダー付カラー・ポスター 豪華カラー写真集付)• 春のおとずれ ルミ子とフォークの出逢い RUMIKO WIYH FOLK(L-8017R) (1973. 10 ルミ子の自筆歌詞カード付)• 小柳ルミ子 あしたも日本晴れ(L5053~4R) (1973. 10 豪華大型カラーポスター付)• 小柳ルミ子 -あたらしい友達-(L-8035R)(1974. 25)• 小柳ルミ子 昨日・今日・明日(L-5058~9R) (1974. 25 カラー・ポスター付)• 小柳ルミ子 こころの歌 緑の地平線(L-8060R) (1975. 25 全曲)• 小柳ルミ子 花車(L-10008R) (1975. 10)• 小柳ルミ子 春・夏・秋・冬(L-5505~6R) (1975. 12 豪華カラー・ポスター付)• 故郷 小柳ルミ子 北から南から(L-6103~4R) (1976. 6 豪華カラー写真集付)• 青春の真中で 小柳ルミ子(L-5519~20R) (1976. 12)• 小柳ルミ子 わたしの城下町から星の砂まで(L-4901~6R) (1977. 風がはこぶものは 小柳ルミ子(L-10069R) (1977. 愛に甦える・小柳ルミ子 南から北へ(L-10091R) (1977. 11)• 愛こそはすべて 小柳ルミ子 (L-10116)(1978. 素顔のまま(SM25-5001) (1978. 11)• スペインの雨(SM25-5011) (1979. 来夢来人(SM25-5050) (1980. 小柳ルミ子大全集(SMAO-5155~9) (1980. 21)• 浪漫的 ロマンチック(SM28-5068) (1980. たそがれラブコール(SM28-5077) (1981. いくつもの星が流れて(SM28-5095) (1982. 12)• うたかた(SM28-5408) (1984. 小柳ルミ子/ベスト・セレクション (PSCF-5006) (1995. 26、 25周年記念アルバム) ライヴ・アルバム [ ]• 初心を忘れまいと誓った日 小柳ルミ子オン・ステージ ・ライヴ録音(ワーナーブラザーズ・パイオニア L-5024~5R) (1972. 25 特大カラー・ポスター付)• こんにちわ小柳ルミ子です わたしがいちばんしあわせな日 ・ライヴ録音(L-8022R) (1973. 10 豪華カラーポスター付)• 小柳ルミ子 いつまでもこんな日が ・ライヴ録音(ワーナー・パイオニア L-10020R) (1975. 25)• 青春・歌はわたしの心 小柳ルミ子 ・ライヴ録音 (ワーナー・パイオニア L-5517~8R)• 「やさしさということ」 小柳ルミ子NHKホールリサイタル ・ライヴ録音 (SMS SM40-5033~4) (1979. 9 初回特典:写真集付) 編集盤 [ ]• 雪あかりの町 小柳ルミ子 輝く明日への出発(ワーナーブラザーズ・パイオニア L-6042R) (1972. 25)• 小柳ルミ子・トップ・リクエスト(ワーナー・パイオニア L-8052R) (1975. 10)• 小柳ルミ子全曲集( FCLD-101)( 4枚組)• 私の故郷 小柳ルミ子(ワーナー・パイオニア L-5533~4R) (1977. 12)• THE BEST OF RUMIKO KOYANAGI(SMS SM25-5019)(1979. あの頃そして今(SMS SM38-5042~3) (1979. 12)• 旅(SMS SM25-5032) (1980. 海(SMS SM25-5025) (1980. 蛍火(SMS SM28-5056) (1980. 日本の夏~ひと雨くれば(SMS SM28-5074) (1981. NHK紅白歌合戦出場曲(SMS SM28-5082) (1982. 10)• お久しぶりね-ベストセレクション-(SMS SM28-5404) (1983. 10)• ベストセレクション 小柳ルミ子(SMS SM28-5411) (1984. 11)• 小柳ルミ子 ニュー・ベスト( EPCE-4009) (1998. 21)• ( VCS-1004~9) (2002. 21 CD6枚組)• ( MHCL-518)(2005. 24)• 20、 CD11枚、DVD1枚組)• 4、CD2枚組) 紅白歌合戦出場歴 [ ] 1971年・第22回に初出場以来、1988年・第39回まで18年連続で出場。 対戦相手の歌手名の 内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある はトリ等を務めた回数を表す。 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 出演 [ ] バラエティ [ ]• (1978年、) - 司会• (1984年 - 1985年、)• ( - 、)• (日本テレビ) - ゲスト解答者• (1995年1月16日、テレビ朝日) - バイク事故で休養していたの代理司会• バラエティーざっくばらん(4月 - 6月、NHK総合)• (フジテレビ)• ( - 、フジテレビ)• (日本テレビ)• テレビ生誕50年 世紀のヒロイン50人() - パネラー• (2003年、日本テレビ)• (制作・フジテレビ) - 準レギュラー• (日本テレビ) - 不定期ゲスト• (日本テレビ) - 不定期ゲスト• (、フジテレビ) - コメンテーター(の代理) サッカー番組 [ ]• ワールドチャレンジ2017 VS(2017年7月15日、フジテレビ) - 副音声コメンテーター• (2018年5月27日、フジテレビ) - 副音声コメンテーター• (2018年6月15日 - 28日、フジテレビ) - ワールドカップサポーターズ テレビドラマ [ ]• () - 三谷かおる 役• () - 千野小江美 役• 第35話(1971年6月4日、)• 第1話「出発の唄」(1972年、) - おとせ 役• (、) - 志津 役• 第172話「盗まれた花嫁」(1975年、) - お千代 役• (、) - 美子 役• (1976年、NETテレビ) - 露子 役• (、NHK)• (、)• (1978年、TBS)• 第2話「女度胸の鉄火肌・神奈川」(、TBS) - お竜 役• 第1話「誓いの八丈太鼓」(、フジテレビ) - お菊 役• 第10話(1980年、TBS) - 華子 役• (1980年、) - 柳下ゆう子 役• (、TBS) - 主演・塩田千春 役• (、TBS) - 花沢知子 役• (、フジテレビ) - 主演・船渡葉子 役• (日本テレビ)• () - 主演・須村さと子 役• 過去からの声(1988年) - 主演・片桐久美子 役• 湾岸に消えた女 () - 主演・片桐久美子 役• () - 竹田香奈 役• だます女だまされる女5(2003年2月25日) - 宮口遥子 役• (、フジテレビ) - 主演・潮田芳子 役• の京都ドラマ うちは祇園のゲイシャ弁護士え (、) - 主演・藤波静香 役• 第30話「長いお別れ」(、テレビ朝日)• 第52話「母子おくんち太鼓・唐津編」(、関西テレビ)• (1992年、TBS) - 織部佐登子 役• (NHK)• () - 蔡真鶴 役• () - 役• (1993年、テレビ朝日)• 第2-4話(、日本テレビ) - 園田京子 役• (、TBS) - 宮田秋子 役• (、NHK) - 西山さと子 役• ジャンボ宝くじ1億5千万円が当たった女! 連続殺人(、朝日放送) - 主演・福原富子 役• (1998年4月 - 6月、) - 貴志尚子 役• 主夫デカと猛妻鑑識官の夫婦事件帳 (、フジテレビ) - 志摩真紀子 役• おもろい夫婦事件帖1(、フジテレビ) - 志摩真紀子 役• おもろい夫婦事件帖2(2001年、フジテレビ) - 志摩真紀子 役• (、読売テレビ) - 高宮洋子 役(降板後の代役)• 第3シリーズ 黒死蝶殺人事件(2001年・、日本テレビ) - 斑目緑 役• (テレビ東京)• (2001年9月12日) - 熊谷香織 役• (2001年10月31日) - 葛原彩子 役(とのダブル主演)• (、日本テレビ) - 志賀華子 役• リターンズ 女弁護士の秘密を暴け!! (2004年、) - 里美映子 役• (、テレビ朝日) - 池田美佐子 役• (2006年、NHK総合) - 山田栄子 役• 土曜ドラマスペシャル (2018年12月15日、NHK総合) - 近藤昌子 役• 悪徳女代議士は許さない(、日本テレビ) - 柏木美輪 役• 9 黒髪人形・尼寺殺人事件(9月19日、テレビ東京) - 花岡清泉 役• (2008年、) - 大貫彩乃 役• サスペンス 4週連続スペシャル 第3弾 〜殺しのシナリオ〜(2012年5月18日、フジテレビ) - 三戸珠世 役• 2 鳥啼村の惨劇(2018年3月12日、TBS) - 鳥神姫羽 役 映画 [ ]• (1971年、) - 小柳ルミ子 役• (1971年、) - 八木沢恵美子 役• (1975年、) - 前戸弥生 役• (1987年、松竹) - 風見待子 役• (1987年、松竹) - 栗田夏代 役• (1994年、東宝) - 磯貝(園田)京子 役• (1996年、松竹) - 高木由良 役• Codename:TOMOKO (2000年、パル企画=日本スカイウェイ) - 主演・トモコ 役 オリジナルビデオ [ ]• 歌の妖精4(日本音楽教育センター) 舞台 [ ]• (、、作曲・脚本・演出:) 吹き替え [ ]• グランドフィナーレショー(1990年) 雑誌 [ ]• 連載「ルミ姉の清く正しく美しく」• 対談コーナー「小柳ルミ子の男と女のトーク」 パチンコ [ ]• () CM [ ]• (中頃)• (1970年代後半 - 中期)• お多福の磁気付きシューズ• 「」(1982年)• みやもと歯科ジャパン・インプラントセンター(福岡ローカル、2010年)• H2O スチームユニオン(2019年) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• ただし、その後は音楽番組に出演する際も「小柳ルミ子」名義に戻している。 雑誌「」募集歌。 系テレビドラマ「」主題歌。 の同名曲のカバー。 の「」に、異なる歌詞をつけたリメイク楽曲。 映画「」主題歌。 とのデュエットシングル。 系情報番組「」EDテーマ。 テレビ東京系紀行番組「」EDテーマ。 rumiko名義。 のCMソングとして使用された。 同曲は1980年にデビューしたのバージョンも存在する。 歌詞は一般応募で一等入選したものが採用された。 レコードは非売品であったが、発売の「小柳ルミ子 デラックス・ボックス」で初CD音源化された。 rumiko meets a million bamboo名義。 アナログ盤限定シングル。 辺見マリと小柳ルミ子のジョイント編集アルバムではあるが、辺見と小柳のトークが入っている。 色は黄色。 SMSから再発された際にアルバム・タイトルは『泣きぬれてひとり旅』に変更された。 アルバム・タイトルはいわゆるベスト・アルバムを思わせるものがあるが、10曲中7曲はオリジナル作である。 ただし、A面1曲目の「恋にゆれて」はスタジオ録音。 『過去からの声』と同じシリーズ。 原作は。 1990年代後半から2000年代前半にかけて、「」枠で『』シリーズとしてリニューアルされた。 主演は小柳と同様に宝塚歌劇団出身の。 小柳ルミ子名義で挿入歌「シルクな心」も歌唱した。 小柳ルミ子名義で衣裳協力もしている。 『おもろい夫婦事件帖』シリーズの。 出典 [ ]• 監修:『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡り続けて(人物編)』、、80-81頁。 新井恵美子『女たちの歌』 光文社、2004年、。 2007年11月27日、テレビ朝日系『』• 『』 2019年2月9日放送分• NHKドラマトピックス. NHK 2017年4月12日. 2017年4月12日閲覧。 関連項目 [ ]• - 同じ年にデビューした歌手• - 振付を担当• 外部リンク [ ]• - 所属事務所プラチナムプロダクションによるプロフィール• - クラウンレコードによるオフィシャルサイト•

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