フジコ ヘミング カンパネラ。 フジ子・ヘミング

ピアノ弾き漁師の徳永さんラ・カンパネラ以外の動画は?XJAPANのForeverLoveも?

フジコ ヘミング カンパネラ

ピアノコンクールでの徳永義昭さん(左)(徳永さんのFacebookより) 「有明海は干・満の差が激しくて、海面が6メートルも上下します。 ですから干潮のときは、海苔の網が完全に海から上がって乾いてしまう。 この際にしっかり殺菌されるので、やわらかくていい海苔が育つんです。 寿司を巻いた有明の海苔は、口のなかで溶けてしまう。 だから旨いんです」 その海苔の摘み取りは、水が冷たいこの季節が最盛期。 夕方の5時に海に出て11時まで作業。 翌朝は5時~11時まで海に出る。 潮の満ち引きに合わせて、厳しい海苔漁師の日々が続きます。 「海苔漁は毎年9月~3月まで。 4月~8月はヒマなんです」…こう言って笑う徳永さんが、かつてハマってしまったのがパチンコでした。 「朝9時半に店の前に並んでね、10時の開店から6時までびっしり、毎日8時間打ちました」 パチンコのために徳永さんが用意した軍資金は、70万円! しかしある年、その70万円をたった2ヵ月で使い果たしてしまいました。 徳永さんは、妻の千恵子さんの財布に手を出すようになったと言います。 「リストの手が並外れて大きかったので、あんな曲を作れたのだ」という珍説を唱える人もいるほどです。 ピアノ講師の妻、千恵子さんは「この曲を弾きたい」という夫の無謀な夢を、「バカなの? 絶対に無理!」と思ったと言います。 しかし、1度こうと決めたら何事も徹底してやるのが、徳永さんの性格。 「家に女房のピアノがあったものですから、ポロポロさわってみたのです」 楽譜も読めない、楽器の経験もなし、奥さんも取り合ってくれない。 そんな徳永さんの唯一の友は、YouTubeの映像でした。 ポン、ポロ、ポロ、ポン…音を拾いながら指に記憶させる、地道な練習です。 4~5秒程度をワンフレーズに区切り、右手で2時間、左手で2時間、両手で4時間。 徳永さんはパチンコに費やしていた1日8時間をすべて、ピアノに注ぎ込みました。 海苔漁でかじかんだ指先は、お湯につけて動くようになってから弾きました。 黒鍵と黒鍵の間にはさまって動かない漁師の太い指…。 「それは、自分流の押さえ方で弾きました」と振り返る徳永さん。 数々の困難を克服し、途中でかかった腱鞘炎の痛みにも耐えて、7年が経ちました。 徳永さんはついに最後の鍵まで辿り着いたのです。 「ラ・カンパネラを弾ける漁師がいる!」というウワサはたちまち広がり、取材が殺到しました。 しかし、徳永さんは言います。 「私はピアニストが弾くといった意味合いで、カンパネラを弾けると言ったことは1度もありません。 小さなテクニックのことを考えれば、まだまだです。 飲み屋のおねえちゃんの前で弾いたらモテるだろうなとか、子どもたちに聞かせたらビックリするだろうな、という思いで始めたピアノなのですから。 でも女房に『ここまでできたよ』と言うと、褒めてもらえたんです。 それは嬉しかったですね」.

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フジコ・ヘミングさんの「ラ・カンパネラ」と、辻井伸行さんの「...

フジコ ヘミング カンパネラ

フジコ・ヘミングさんの「ラ・カンパネラ」と、辻井伸行さんの「ラ・カンパネラ」。 どちらがお好きですか? ユーチューブで、このお二方の演奏を聴きました。 どちらの演奏にも深く感動しました。 フジコ・ヘミングさんの音は、渋いですね。 彼女の人生から絞り出したような、魂をふるわす音だと思います。 一度は聴力を失った、人生のどん底を味わった者が感じる生きることの喜びを感じます。 辻井さんの音は、本当にキラキラしていますね。 目の見えない彼が描きうる絵が見えてくるようです。 風を感じ、水の冷たさを感じ、光の暖かさを感じる、そんな絵です。 人間が音楽をやることの意味を感じます。 皆さんはどう感じますか。 フジコ・ヘミングさん 辻井伸行さん 補足scaranpellaさん、ありがとうございました。 ここは、質問者には字数の余裕もないので、多くは申せませんが、私は彼らの演奏に感動したことを率直に書いたまでです。 演奏者は、楽譜通りに演奏すればいいのかもしれない。 しかし、楽曲に自分の思いを乗せて表現することも演奏の一つのあり方だと思うのです。 このへんは、あなたと意見を異にするところかもしれません。 あなたのお好きな「ラ・カンパネラ」の演奏を教えてください。 あなたは無国籍で貧乏で聴覚を失ったひとや、生まれながらに視力がないひとがピアノを弾いていることに「感動」しているだけでは? 演奏者が個人的に背負っている悲劇や不幸は、「演奏」とはなんの関係もありません。 演奏者の人生のドラマに過剰な思い入れをもってその演奏を評価するのは、演奏者に対しても楽曲に対しても、音楽そのものに対しても失礼だと思います。 障害者への「同情」を感動とはきちがえ、感動できるじぶんはいい人だと思いたいのかもしれませんが、障害者だからと評価にゲタをはかせるのはひじょうに失礼な差別です。 演奏はあくまでも演奏そのもので評価すべきであると確信しますが、その意味でいうならフジコ・ヘミングの演奏はお金をとって公衆に聴かせるレベルではありませんが、テクニックのなさをごまかすアゴーギクだけは上手だと思います。 辻井さんの演奏は一定のレベルに達しているとは思いますが、リンク先の動画はミスタッチが多いですね(もっと傷の少ない演奏も聴いたことがあるので不調だったのでしょう)。 しかし、辻井さんはまだ駆け出しのというか、まだ学習者の段階にすぎません。 なのに、マスコミによってたかって消費されつつあります。 演奏者として円熟し、完成するかどうか、ひじょうに危うい状態にあるといっていいでしょう。 安易で安っぽい「感動」が、この有望な青年の未来をつぶすのです。 あらゆる演奏家は、楽曲に自分の思いを乗せて表現しているのです。 楽譜どおりに弾くひとなど一人もいません。 どんなに作曲家の意を重んじても、そこに演奏者の解釈が入り込む以上、「楽譜どおり」に弾くことなどそもそも不可能です。 その不可能を目指すことこそ、再現芸術たるクラシック音楽の本質です。 生い立ちが不幸だから、障害があるから、表現がより深いと考えるのは特別視しているだけで、それこそ差別でしょう。 フジコ・ヘミングも、辻井くんも、ほかの演奏家と同じ土俵で勝負させてあげないといけません。 同じ土俵で勝負するというのは、生い立ちなど関係なく、演奏そのものの質だけで評価をうけるということです。 私が好きな「ラ・カンパネラ」は、たいへん古い演奏ですがアルトゥール・ルービンシュタインのものです。 ジョルジュ・シフラの演奏も同じくらい好きです。 このふたりのピアニストの人生にもさまざまなドラマはありましたが、そんなくだらないものでゲタをはかせなくても、歴史的な評価にたえる質をそなえた演奏だと思います。 フジコ・ヘミングさん・・・テレビで評判になって、ラ・カンパネラやショパンなどを何曲か聴きました。 「あれ?」と思いながら何回も繰り返して聴いてみたのですが、やっぱり最期まで「感動」はありませんでしたね。 人それぞれに「好み」というものもありますが、私には、技巧面も含めてそんなに魅力ある演奏だとは思えません。 辻井さん演奏、また然りです。 音楽的な稚拙さも残っているように思うし、まだまだ「途上」という感じがしました。 ベストだとは思いませんが、例えばシフラのラ・カンパネラなんかの方が、私にはまだ良いですね。 少なくとも、安心して聴いてられます。 追)お二方の才能とご努力に対して敬意と賞賛を惜しむ者ではありませんので、 そこのトコロは誤解のなきようにお願いします。 scaranpellaさんとまったくといっても過言ではないほど 同じ考えの者です。 ベルリンでフジコ・ヘミングさんの演奏会へ行きました。 2006年だったと思います。 なんだか日本で大変「ブレイク」したということだけは 知っていました。 ただ、なぜかは知りませんでした。 ドイツは日本ほど奏者の事情は考慮されませんので、 私としては公平な耳で聞きに出かけたつもりでした。 彼女のピアノを聞いているうちに、気分が悪くなりました。 消化不良を起こしているようで・・・・ラ・カンパネラも弾いてましたよ。 ひどいものでした。 ショパン・革命では本当に気持ちが悪くなったのを覚えています。 それ以来彼女にはすっかりアレルギーがあります。 (笑) ちなみに会場はガラガラでした。 には我慢できませんでした。 演奏に感動されたのなら、彼女の人生やらどん底を味わった者だとか 抜きにして感想をお聞きしたいものです。 原曲 La Campanella by Paganini Violin 『カンパネラ』という曲で、哀愁を漂わせなくても、『もともと哀愁を表現した曲』があるのだから、そっちでやれば良いと私は思う。 また『ピアニストが持っている資質』にも関心があります。 だから『ピアニストに向いている曲』があると思っていますし、そう聴いています。 『特定のピアニストの演奏なら、何でも良い』とは全く思わないですね(笑)お気に入りのピアニストであっても!です。 『もともと曲がキラキラ』していますからね。 ブラインドテストで音楽を聴いたら、辻井氏のカンパネラを良いと感じる方は、殆どいないと思いますよ。 神経科学で、人がどのように『音楽の良し悪し』を判断しているのか、わかるようになってきました。 脳部位の詳細は、書きませんが、最初にルックス・ステータス・ブランドなどの情報を与えられてしまうと『普通に音楽を感じ味わう神経』が働かないことがわかっています。 要は聴いてないのですね。 私自身、最初は『音楽をきちんと聴いていない』と思っています。 やっぱり美人の演奏は物凄く美しいと感じてしまうものです。 しかし時間が経ち熱が冷めてきた頃に聴いても『素晴らしい』ってなるかどうかが別問題なのは、恋愛に似ています。 人気が移り変わるのは、そうした理由があるからでしょう。 つまり映像とセットじゃないと聴く気になれません。 辻井氏・フジコ女史への評価って、こうした角度からのものですよね。 非常に麗しい演奏をしますね。 この角度から言えば辻井氏は、まだまだコレカラ。 ブーニン人気が衰えた頃、本当にブーニンの音楽に耳を澄ませたのはクラシックファンだけです。 辻井氏は、まだまだコレカラですね。

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ピアノコンクールでの徳永義昭さん(左)(徳永さんのFacebookより) 「有明海は干・満の差が激しくて、海面が6メートルも上下します。 ですから干潮のときは、海苔の網が完全に海から上がって乾いてしまう。 この際にしっかり殺菌されるので、やわらかくていい海苔が育つんです。 寿司を巻いた有明の海苔は、口のなかで溶けてしまう。 だから旨いんです」 その海苔の摘み取りは、水が冷たいこの季節が最盛期。 夕方の5時に海に出て11時まで作業。 翌朝は5時~11時まで海に出る。 潮の満ち引きに合わせて、厳しい海苔漁師の日々が続きます。 「海苔漁は毎年9月~3月まで。 4月~8月はヒマなんです」…こう言って笑う徳永さんが、かつてハマってしまったのがパチンコでした。 「朝9時半に店の前に並んでね、10時の開店から6時までびっしり、毎日8時間打ちました」 パチンコのために徳永さんが用意した軍資金は、70万円! しかしある年、その70万円をたった2ヵ月で使い果たしてしまいました。 徳永さんは、妻の千恵子さんの財布に手を出すようになったと言います。 「リストの手が並外れて大きかったので、あんな曲を作れたのだ」という珍説を唱える人もいるほどです。 ピアノ講師の妻、千恵子さんは「この曲を弾きたい」という夫の無謀な夢を、「バカなの? 絶対に無理!」と思ったと言います。 しかし、1度こうと決めたら何事も徹底してやるのが、徳永さんの性格。 「家に女房のピアノがあったものですから、ポロポロさわってみたのです」 楽譜も読めない、楽器の経験もなし、奥さんも取り合ってくれない。 そんな徳永さんの唯一の友は、YouTubeの映像でした。 ポン、ポロ、ポロ、ポン…音を拾いながら指に記憶させる、地道な練習です。 4~5秒程度をワンフレーズに区切り、右手で2時間、左手で2時間、両手で4時間。 徳永さんはパチンコに費やしていた1日8時間をすべて、ピアノに注ぎ込みました。 海苔漁でかじかんだ指先は、お湯につけて動くようになってから弾きました。 黒鍵と黒鍵の間にはさまって動かない漁師の太い指…。 「それは、自分流の押さえ方で弾きました」と振り返る徳永さん。 数々の困難を克服し、途中でかかった腱鞘炎の痛みにも耐えて、7年が経ちました。 徳永さんはついに最後の鍵まで辿り着いたのです。 「ラ・カンパネラを弾ける漁師がいる!」というウワサはたちまち広がり、取材が殺到しました。 しかし、徳永さんは言います。 「私はピアニストが弾くといった意味合いで、カンパネラを弾けると言ったことは1度もありません。 小さなテクニックのことを考えれば、まだまだです。 飲み屋のおねえちゃんの前で弾いたらモテるだろうなとか、子どもたちに聞かせたらビックリするだろうな、という思いで始めたピアノなのですから。 でも女房に『ここまでできたよ』と言うと、褒めてもらえたんです。 それは嬉しかったですね」.

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