どろろ 最終 回。 「どろろ」最終回感想 百どろ的には不完全燃焼

TVアニメ『どろろ』第24話(最終回)「どろろと百鬼丸」感想・作品情報[ネタバレあり]│Hi.アニ!

どろろ 最終 回

Contents• 48箇所が欠損した状態で生まれた赤ん坊は生きのびて身体を取り戻す旅に出る 「どろろ」の主人公・百鬼丸は、 身体の48箇所が欠損した状態で生まれます。 父親の醍醐景光が、天下取りの代償として、生まれる我が子を生贄として捧げる事を魔神に誓ったためです。 ヒルコのような状態で生まれた赤ん坊は、母親と引き離され、化け物として川に流されます。 赤ん坊は医師の寿海に拾われ、寿海によって、義眼や義手、義足などを与えられます。 14年後、成長した赤ん坊は、百鬼丸と名乗り、旅に出ます。 不思議な声を聞いたためです。 「お前の身体は、人間から我々が買い取ったもの。 お前が人間のように生きる事は、我々への裏切り。 お前が並みの人間のように生きたければ、我々48の魔物を打ち倒すしかない。 」 百鬼丸は、その声に導かれ、旅に出ます。 自分の身体を取り戻すのが目的でした。 神経さえも妖怪に奪われていたため、松明で手が焼けても気づかない状態でした。 妖怪を倒すたびに、1つずつ身体の部位が戻ってきます。 最初のうちは、ヘソや髪の毛でした。 そのうち、手足のような大きい部位が戻るようになります。 どろろの設定は?どろろを殺せば百鬼丸は身体の全体を取り戻せるのか? 百鬼丸が旅に出て程なく助けた子供が、どろろです。 大人たちに袋叩きにされているのを、百鬼丸が助けました。 どろろは、百鬼丸の左腕に仕込まれた刀に目をつけ、百鬼丸をしつこく付け回すようになります。 百鬼丸は、始めのうちは邪険にしていましたが、どろろの何処かで憎めない様子に、一緒に旅を続けます。 どろろも、最初は 「刀だけが目当て」と言い切っていましたが、百鬼丸に次第に好意を抱くようになります。 また、百鬼丸が妖怪を退治しても、村人たちから疎まれ、追い払われるのを見て、どろろは怒りをあらわにします。 旅を続けていくうちに、どろろは、 「置いていかれるくらいなら、百鬼丸に切り捨てられて死ぬ方がまし」と言い切るようになります。 百鬼丸と深いつながりを持つどろろについては、作品の中で役割が変わってきます。 「どろろ」は、『週刊少年サンデー』で連載が始まり、テレビアニメ化に伴い掲載誌を替えて、1969年から『冒険王』に連載されます。 『冒険王』の連載で、どろろに重要な設定がなされます。 どろろは、百鬼丸から奪われた48箇所の身体を、魔物がこね回して作り上げた存在という設定です。 どろろを殺せば、百鬼丸は全部の身体を一度に取り戻せます。 百鬼丸はその事を知ります。 そして、苦悩します。 けれども、どろろを殺す事は出来ませんでした。 百鬼丸は、妖怪退治の旅を続けます。 スポンサーリンク 原作とアニメ版の最終回!百鬼丸は身体を取り戻したのか? 原作は、『冒険王』に掲載誌が替わった後も、ストーリーとしては中途までで終了しています。 原作の最終話では、 百鬼丸は、右腕に仕込まれていた刀を、餞別としてどろろに渡します。 そして、農民とともに権力と戦うよう、言い残して去っていきます。 1969年のアニメ版では、漫画で描かれなかった部分も補完されています。 どろろと別れて1年後までを描いています。 47匹目の妖怪は鵺(ぬえ)でした。 鵺を倒したところで、百鬼丸の右腕が戻ります。 右腕が戻った百鬼丸は、1年ぶりにどろろの居る村に戻ります。 村人たちは、醍醐景光に捕らえられ、次々と処刑されていました。 百鬼丸は、仕官したいと偽り、景光の元に行きます。 景光は、自分の身体を生贄に差し出し、更なる力を与えるよう、寺の48匹の魔神像に願います。 しかし、景光の身体は、すでに魔神に利用されていました。 身体だけでなく、心も魔神に取られ、景光は魔物に変質していたのです。 アニメ版の最終回で、景光は、顔が崩れ、肌もただれてしまった姿で、狂ったように百鬼丸に斬りかかります。 百鬼丸は、景光が最後の魔物と知ります。 「心を魔神に取られた…。 あんたは俺の親じゃない!」 百鬼丸は景光を刀で刺します。 景光は絶命しました。 百鬼丸は、48匹の魔物を全て退治しました。 百鬼丸は、何も告げずに一人こっそり旅立ちます。 焼け落ちたお堂跡にどろろたちが駆けつけます。 どろろは百鬼丸の名前を呼びます。 どろろは、「あにき。 おいら、村の人たちと一緒に、あにきの分まで幸せになってやるからな」と呟きます。 アニメ版の最後のシーンは、どろろが明るい表情でまっすぐに駆け出すところです。 スポンサーリンク.

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アニメどろろ最終回の感想ネタバレ!百鬼丸の出した答えとその後をネタバレ考察

どろろ 最終 回

千葉さんの多宝丸、本当に素晴らしかったです! どろろ…24話 「同じだ…お前も…お前は…人だ」 多宝丸も父も そして自分も…皆同じく人なのだ…と行き着く百鬼丸が尊い。 弟を斬る事なく「兄には敵わぬ」と知らしめた百鬼丸…寿海が触れていた柱の傷は 百鬼丸の成長の証…人を殺めてきた寿海が、人の命を守り 人を育てる事が出来た証なんだよね。 どろろ 最終回見ました 短い! 百鬼丸、全てを取り戻すと冷たい魅力はなくなり、人の道を歩むのもよかった アクションのアニメシーンがよかった 心情描写がもっと丁寧だったら 基本の流れは原作に沿い全然別解釈の内容なのはいい 母や寿海が焼け醍醐が生きるのも 多宝丸は誇り高く 琵琶丸イケメン どろろ最終回泣いた。 こんな色々こねくり回しちゃって〜と思ってたけど、醍醐影光の後悔のむせび泣きに納得した。 多宝丸もいいキャラだった。 百鬼丸とどろろも希望のある終わり方で良かった。 🌈💖 どろろの結末良かったなぁ。 ちゃんと現代の視聴者に向けたラストだった。 ラストまで多宝丸を生存させたのも良かった。 生死は分からん感じも良い! 皆の反応 どろろ、最終話。 多宝丸の自室紹介すき。 映画版どろろの多宝丸は生存エンドと聞いて見る気になるの巻 最終回の多宝丸、悲しかったな。 そして成長したどろろがかわいかった。 どろろ どろろ面白かった。 し、怖かった。 百鬼丸もやけど、多宝丸……親父、テメェは許さん。 どろろ 多宝丸が家火事になってるのに部屋案内したのウケた 最後コロッと兄上って言ってんのなに... どろろ最終回、多宝丸の末路がおおむね舞台版と同じで心が折れたというか、陸奥と兵庫の分、倍の負荷がかかったんだけど。 2019年版どろろは寿海も縫の方も多宝丸も「あるべき姿」に戻る原点回帰の物語という側面もある、だから百鬼丸は景光に菩薩像を置いて「原点に立ち返れ」と教示するわけなんですよね。 pon03080 手塚先生のやつは、どろろと百鬼丸が体を取り戻す旅なだけだったと記憶してるけど、アニオリで百鬼丸に正反対の育ちをした兄弟がいて話がふくらんでたよ 兄弟の多宝丸はcv千葉ショーでいい演技してたよ。 どろろ最終回。 多宝丸が縫ママの愛情に飢えてた・寂しい思いしてたのは最初から描かれてたから、百鬼丸がそのあたりを読み取って人として踏みとどまってくれたのは良かったな。 「どろろと百鬼丸」ってタイトルのわりにどろろの存在感薄いような…せめて一言言おうよ…とか思ったけど、 どろろ最終話 百鬼丸を正気に戻し、多宝丸を救ったのは縫の方と寿海の子を想う気持ちか。 景光にも良い塩梅に悔悟を抱かせる事が出来、どろろと百鬼丸は明るい方へ歩み出す。 最後に突き落とされるのかとビクビクし乍らの視聴だったけれど、蓋を開けてみれば綺麗にまとまった良い最終回であった。 ちょっと溜めてた『どろろ』を残り全部一気見。 多宝丸たちが最後に立ち塞がるあたりは思わず「そうきたかー!」って声に出てしまったw 黒靖子にゃんじゃなかったので結末もすごくキッチリとした時代劇の落とし所に落ち着いたなぁと。 『今の時代で作られるべきどろろはこうだ』という気概を感じた。 どろろ最高でした… 号泣 やっぱり原作みたいな感じの終わりになるんかなぁと覚悟してたけど、良い終わり方だった…最後の最後にまた「兄上」って多宝丸が呼んだこともお母さんと育ての親が百鬼丸を抱き締めたこともすべてがもう…生きてて欲しかったけどこれが運命なんだなぁって…幸せになってくれ どろろ…24話 「同じだ…お前も…お前は…人だ」 多宝丸も父も そして自分も…皆同じく人なのだ…と行き着く百鬼丸が尊い。 弟を斬る事なく「兄には敵わぬ」と知らしめた百鬼丸…寿海が触れていた柱の傷は 百鬼丸の成長の証…人を殺めてきた寿海が、人の命を守り 人を育てる事が出来た証なんだよね。 どろろ後半EDの「闇夜」、多宝丸の曲でもあるような…… どろろ最終回見たけど、良かったねぇ。 泣いた。 最初から最後まで泣きながら見た。 できれば多宝丸にも幸せになってほしかった…。

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「どろろ」最終回感想 百どろ的には不完全燃焼

どろろ 最終 回

Contents• 48箇所が欠損した状態で生まれた赤ん坊は生きのびて身体を取り戻す旅に出る 「どろろ」の主人公・百鬼丸は、 身体の48箇所が欠損した状態で生まれます。 父親の醍醐景光が、天下取りの代償として、生まれる我が子を生贄として捧げる事を魔神に誓ったためです。 ヒルコのような状態で生まれた赤ん坊は、母親と引き離され、化け物として川に流されます。 赤ん坊は医師の寿海に拾われ、寿海によって、義眼や義手、義足などを与えられます。 14年後、成長した赤ん坊は、百鬼丸と名乗り、旅に出ます。 不思議な声を聞いたためです。 「お前の身体は、人間から我々が買い取ったもの。 お前が人間のように生きる事は、我々への裏切り。 お前が並みの人間のように生きたければ、我々48の魔物を打ち倒すしかない。 」 百鬼丸は、その声に導かれ、旅に出ます。 自分の身体を取り戻すのが目的でした。 神経さえも妖怪に奪われていたため、松明で手が焼けても気づかない状態でした。 妖怪を倒すたびに、1つずつ身体の部位が戻ってきます。 最初のうちは、ヘソや髪の毛でした。 そのうち、手足のような大きい部位が戻るようになります。 どろろの設定は?どろろを殺せば百鬼丸は身体の全体を取り戻せるのか? 百鬼丸が旅に出て程なく助けた子供が、どろろです。 大人たちに袋叩きにされているのを、百鬼丸が助けました。 どろろは、百鬼丸の左腕に仕込まれた刀に目をつけ、百鬼丸をしつこく付け回すようになります。 百鬼丸は、始めのうちは邪険にしていましたが、どろろの何処かで憎めない様子に、一緒に旅を続けます。 どろろも、最初は 「刀だけが目当て」と言い切っていましたが、百鬼丸に次第に好意を抱くようになります。 また、百鬼丸が妖怪を退治しても、村人たちから疎まれ、追い払われるのを見て、どろろは怒りをあらわにします。 旅を続けていくうちに、どろろは、 「置いていかれるくらいなら、百鬼丸に切り捨てられて死ぬ方がまし」と言い切るようになります。 百鬼丸と深いつながりを持つどろろについては、作品の中で役割が変わってきます。 「どろろ」は、『週刊少年サンデー』で連載が始まり、テレビアニメ化に伴い掲載誌を替えて、1969年から『冒険王』に連載されます。 『冒険王』の連載で、どろろに重要な設定がなされます。 どろろは、百鬼丸から奪われた48箇所の身体を、魔物がこね回して作り上げた存在という設定です。 どろろを殺せば、百鬼丸は全部の身体を一度に取り戻せます。 百鬼丸はその事を知ります。 そして、苦悩します。 けれども、どろろを殺す事は出来ませんでした。 百鬼丸は、妖怪退治の旅を続けます。 スポンサーリンク 原作とアニメ版の最終回!百鬼丸は身体を取り戻したのか? 原作は、『冒険王』に掲載誌が替わった後も、ストーリーとしては中途までで終了しています。 原作の最終話では、 百鬼丸は、右腕に仕込まれていた刀を、餞別としてどろろに渡します。 そして、農民とともに権力と戦うよう、言い残して去っていきます。 1969年のアニメ版では、漫画で描かれなかった部分も補完されています。 どろろと別れて1年後までを描いています。 47匹目の妖怪は鵺(ぬえ)でした。 鵺を倒したところで、百鬼丸の右腕が戻ります。 右腕が戻った百鬼丸は、1年ぶりにどろろの居る村に戻ります。 村人たちは、醍醐景光に捕らえられ、次々と処刑されていました。 百鬼丸は、仕官したいと偽り、景光の元に行きます。 景光は、自分の身体を生贄に差し出し、更なる力を与えるよう、寺の48匹の魔神像に願います。 しかし、景光の身体は、すでに魔神に利用されていました。 身体だけでなく、心も魔神に取られ、景光は魔物に変質していたのです。 アニメ版の最終回で、景光は、顔が崩れ、肌もただれてしまった姿で、狂ったように百鬼丸に斬りかかります。 百鬼丸は、景光が最後の魔物と知ります。 「心を魔神に取られた…。 あんたは俺の親じゃない!」 百鬼丸は景光を刀で刺します。 景光は絶命しました。 百鬼丸は、48匹の魔物を全て退治しました。 百鬼丸は、何も告げずに一人こっそり旅立ちます。 焼け落ちたお堂跡にどろろたちが駆けつけます。 どろろは百鬼丸の名前を呼びます。 どろろは、「あにき。 おいら、村の人たちと一緒に、あにきの分まで幸せになってやるからな」と呟きます。 アニメ版の最後のシーンは、どろろが明るい表情でまっすぐに駆け出すところです。 スポンサーリンク.

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